生きづらい方の働き方を教えます。

800本以上、300時間以上の動画を無料で公開中

 

 

自殺防止

男子にいじめられ、園児で自家中毒に。嘔吐が止まらなくなり水とお茶しか入らない

投稿日:2018年8月18日 更新日:

私は幼いころから、いじめの対象にされていました。

 

両親は共働きで、毎日母が仕事に行くときに自転車の後ろに私を乗せて保育園に送ってから仕事に行くような感じでした。たぶん保育園に行く前は、私は「やだ!行きたくない!」とか泣いていたと思います。それでも母は何も知らず私を置いていきます。

 

いつも保育園では私は人となじめませんでした。女の先生の机の周りにずっといるような感じでした。
唯一安心できるのは、先生の近くだったんでしょうね。今思うとそれは自分を守る防衛反応だったんだなと思います。

 

しかし先生もわたしがいじめに合っているなんて気づきもせず、誰にもいじめを伝える事もなくただ耐えながら保育園連れていかれていました。

 

その当時のいじめは男の子2人に小屋の裏に呼び出されて卑猥なことを言ったり、キスしろとか言われたり、本当に今考えるとマセてる男の子たちで、本当に精神的に苦しくて死にたくなって、いつも泣いていたと思います。

 

私は幼いころからスカートとか履きたくないタイプでして、そのころから男性には興味がなく、いつも気になる子は女の子でした。だから、男子から性的ないじめに合うということは本当に屈辱でたまりませんでした。

 

 小学校でひどいいじめに。誰にも言えずお風呂で泣いていた

そんな園児生活を送っていた中に、自家中毒という病気になりました。嘔吐が止まらなくなる病気です。水とお茶しか口に入らなくなりました。

 

そして小学校5年生で転校してからもまたいじめに合いました。その時はクラス全員対私と先生がいじめの対象になりました。先生と私はまさに「菌扱い」されてました。

 

酷い時は、先生の給食の箸を女子生徒が持ってトイレに行き、便器の水に付けた箸を先生の配膳に乗せていました。本当に集団のすることはエスカレートしてきて恐怖さえ感じました。

 

わたしも机で指を挟まれたり、無視や陰口は毎日でした。女子も男子もみんな友達にはなりませんでした。親にも言えず泣くのはいつもお風呂場の中で泣いてました。

 

でも絶対学校では泣いたことがありませんでした。その時から絶対こいつらには負けない!!とどこかで思っていたんだと思います。

 

こんなにいじめられてても死を想像することはその時出来なかったです。親に迷惑を掛けたくないとか心配させたくないとか・・そんな感じでした。

 

唯一出来たことは仮病で学校を休むこと。体温計を熱くして熱で休むとかです。誰にも言う人がいない状況で姉にも伝えられずただ悶々と泣き寝入りしてる自分がいました。

 

死にたいと思っても理解してくれる人がいたから生きられた

毎朝起きると心臓が苦しくなり、吐き気がして、精神が弱っていました。そして二度目の自家中毒です。母は自家中毒を理解していませんでした。自家中毒とはなぜなるのか?ということを。

 

病院に行って点滴を受けたら吐き気は収まりました。その時5日間くらい学校に行かなかったのですが、学校に行かない方が、気分が楽だ!ということに気づいた。

 

中学生の思春期になると自分はやはり恋愛対象が同性の女性であることがますますわかってきて、周りと自分はなんだか違うんだと思い始める。周りの女子は男の子の話をしているが私はそんな話に全然興味がなかった。

 

むしろ隣のクラスの女の子Nちゃんが気になり、誰にも言えない、こんなことを言ったら嫌われると、また中学でもボーイッシュな私は男子のいじめ対象になり、ケンカしたりして蹴り飛ばされたりしました。

 

死にたいと思うときもありましたが、まだ家が自分のことを守れる場所だったから、家に引きこもることで学校に行かない、ということを考えていました。

 

こんなにいじめられててもなんで生きてこれたのか、一人くらいは私を理解してくれる人がいたからだと思う。私が男と喧嘩したと噂されクラスのヤンキーグループ女子のトップに気に入られ、それから仲良くなった。

 

死にたいと思うなら自殺ではなく、その場から逃げて

それからピタッとわたしへのいじめはなくなった。みんな薄情だなと思いました。立場が逆になると強い、怖いものには逆らえない。中学にしてそんなことを理解しました。

 

このヤンキーの女の子は今でも友達です。この子がいたおかげで私もあの中学時代を生きてこれたといっても過言ではありません。

 

こんなクソな世の中ですが、誰かひとりくらいは自分を理解してくれる人がいる。そんな人たちのために生きてるのかもしれません。

 

生があれば死があると思うので死にたいと思うなら、自殺はしないで、まずはその環境から逃げることが先決だと思います。

 

環境が良くないだけだと思います。職場や学校へ行かなくてもいいという選択を選ぶこと。自分に合ってる場所はそれ以外にもあるということ。

 

逃げるのは悪いことじゃないと思います。私も嫌な職場の社長と話が合わずその会社を辞めたら次はとてもいい社長だったこともあります。

 

姉や親は仕事をコロコロ変えるな!とよく言いますが、気が合わない場所にいるならコロコロ変えてもいいと思います。

 

松田さんもそう言ってましたよね!

 

最近は時間の流れが速いので無駄な時間なんてかけてられません。嫌な会社にいて鬱になるなら変えればいいんだ。

 

我慢と根性はいらないですよね!

 

 もっとつらい人もいると思うと強くなれる

ここまで自分の人生を文字おこししてみて自分の人生を振り返ると涙が出そうになりましたが、私なんかよりももっとつらい人もいるんだろうなと思うと強くなれます。

 

本当に松田さんと出会えたことで強くなれたと思います。

 

本当にありがとうございます。

 

ここまで読んでくれてどうもありがとうございます。

21世紀の在宅ビジネスを800本以上、300時間の動画で解説しています。

うつ病が蔓延しています。50代、60代になっても健康に生きたいと思いませんか?次世代の働き方を300時間以上の動画を使い無料で教えます。

 

-自殺防止

Copyright© 死にたい人が生きたくなるブログ , 2019 All Rights Reserved.