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自殺防止

母は毒親育ち。祖父はアルコール依存性、祖母はネグレクト。幼稚園の母に相談役に

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私は現在43歳、主人は49歳結婚16年になる自営業の夫婦です。

 

結婚当初から開業した歯科技工の仕事を手伝って来ました。初めての事ばかりでいっぱいいっぱいでしたが、主人と結婚したことで私は自分の人生が解放されたと感じていました。

 

私の母はいわゆる毒親育ちで祖父はアルコール依存性、祖母はネグレクトで時に罵声を浴びせたり暴力を振るったりする事もあったと聞いています。

 

いつもお金がなく、母と上の兄が新聞配達や内職をしたりそれを届けたり、知り合いにお金を借りにいったり生活用品を借りに行かされたりと、初めてその話を聞いた時は本当に心が苦しくなり大きな衝撃を受けました。

 

それは幼稚園ぐらいの頃に知ったのですが、それから私は母にとっての相談役になり、母がずっと心に溜めていてどこにも出せなかったものを受け止める役割になって行きました。

 

子供ながらにそれは祖母が悪かったのであって母には何の責任もない、嫌ならもう会わなくてもいい、例えよその人が母の行動をおかしいと非難したとしても私は理解しているし、家族が理解しているならそれでいいと思う。

 

電話がかかって来たりしたら私が出るから出なくていい。こんなことを8歳9歳の時にしていました。今思えばこの頃から私は、自分を生きていなかったのだと感じますいつも周りの状況を察知して自分がするべき役割を演じていたのだと思います。

 

10歳の頃には偏頭痛に悩まされる事が多くなり、気持ち悪くなることも増え、1学期の間学校に行けない期間もありました。学校に行けないことでいじめに遭ったこともあります。

 

この頃はじめて、死んでしまえたら全て終わるのかな?と考えていたと思います。

 

ですが私には祖父母の代から入会していた新興宗教の教えがあり、それらは仏教の大切な経典を紐解いた物だったので、真実というか、本物の言葉は心に突き刺さるというかしっかり残るもの。自殺に関してもきちんと説かれていて、その教えがそうしたら行動を思いとどまらせてくれていました。

 

またその新興宗教に入会しているということで差別的な扱いを受けたり、いじめなどにも対象になりやすかったということもありました。

 

ここにいる(家庭の中で育つ年齢である)間は自分の意思で考えたり意見を言ったりすることが異端的であったりその教義でいうところの魂、いのちが悪いからだ、腐っているからだなどと評価されます。教義の良い部分、心にささる様な真実の部分と人を従わせる為に改ざんされた部分との間でとても悩みました。

 

母の状況についても、いつまでも過去を生きていると感じ、次の段階に移行した方が良い考えるようになりました。いつも同じ話でどれだけ苦しかったか、どんな仕打ちをされたかの不幸大会になってしまっている様に見えてきた16〜18歳の頃。

 

過去を生きるのを終わりにしようと提案するもあなたは冷たい人間だ、人のことが分からない、などと言われ全く聞く耳を持ってもらえません。その頃から心理学を独学で学び始めていました。それも自分の為ではなく母を治してあげたいと考えたからです。

 

でも上手くいかず、私は無能、価値がなく、人の気持ちが分からないダメな人間。そうした刷り込みが完成していたと思います。

 

コントロールしたがる母、違う意見を持つことは許されない

母とは私が成長する(別の意見を持つ)につれて合わなくなって行きました。子供の頃は母の苦しみを同じ様に感じ涙を流すことしかできなかった。でも母にとってはこの自分に全て同意してくれる私であってくれればよく、私が違う意見を持つことは許さなかった。

 

母は何かと私をコントロールしたがり、私が幸せでないのはあなたがそうだからだ!と言葉にこそ出さずとも全てにその表情、態度を滲みださせた被害者としての自分をぶつけてくる様になりました。

 

争うより円満に家を出るのは結婚しかないと考え、最初の結婚をしましたが相手のお酒やパチンコなのでの借金と私の職場の先輩(女性)との不可解すぎるやり取りを発見したことから2年程で別れました。

 

家から出ることが出来たものの、自己否定感が強かった私が良い相手を引き寄せられるはずもなく、アダルトチルドレンの見本的に結婚に失敗するという結果を招きました。死ぬことはここでも思い留まりましたが、やはり自分には全く価値がないと実感することになりました。

 

もはやなぜ、価値のない自分が生かされていて、もっと価値のある人が死んでいかなければならないのだろう?いのちを誰かに譲れるのなら、いつ誰かにあげてもいい。どうせ自分は居なくても変わらない人物だ、そう思っていました。

 

自己否定は強いが死にたい気持ちは忘れられた

相変わらず自己否定感が強く、自分の価値は見いだせないままでしたが仕事ではその反動なのか頑張り過ぎていました。ここで結果が出れば自分は変われるかも知れないし、自分に納得出来るかも知れない。

 

辛いけど頑張ればいい、多少寝なくても、多少休みやお給料は少なくても、頑張ることに意義がある。じぶんにはもはやそれしか出来ない。そうして過ごす中、現在の主人と出会い結婚しました。

 

自営業なんて私で役に立てるのだろうか?出来ないものは何でも学べばいい!

 

経理は分からないからユーキャンの簿記講座で、伝票や申し送り事項を書くのに字が汚いな、これもまたユーキャンのボールペン字講座を取ろう。こうして無駄な頑張りを続ける私を主人はとても大切に思ってくれていたようです。

 

歯科技工士の仕事は医療関係の中でもあまり良い状況もは言えないものです。でもそれでもやって行こうと決意した主人の役に立つために頑張ろうと思いました。家から離れ、自分のやるべき事を見つけてとても充実した時間が過ごせていたと思います。

 

例え毎日徹夜であっても、休みが取れなくても、賃金が低くてもそれすらどうでも良かったのです。頑張ることで価値を補おうと思っていたからです。

 

でも価値を認めるにはもっとだ、もっと!相変わらず自己否定感は強いままでしたが、この頃は死のうということは忘れていました。

 

子宮ガン、死が訪れ全てから解放されると安堵

結婚当初、27歳の私は腸にポリープが出来ていて人生初めての入院、手術をしました。切除後の病理検査でも良性腫瘍で経過も良好でした。

 

これが悪性だったら私にもいよいよ死が訪れたのか。そんな事を考えていました。

 

結婚前、左乳房の脇の下辺りにコリコリしたものを見つけ、検査をしました。乳がんかと思いましたが医師からは良性腫瘍だけれど原因不明、何だか分からないと言われた事がありました。

 

25歳の時です。当時は仕事のノルマや母との関係の悪化、離婚もありストレスなども相当なものだったろうとは自覚していました。

 

それから月日は流れ38歳の時、子宮ガンになりました。自営業は何とか回っていましたが相変わらず休みなしの徹夜続き、母との関係も変わらずで、私自身の限界であったことは間違いなかったと思います。

 

忙しく子供のことも考えていなかったので、いざこうなってしまうと全てが無くなってしまうのだ、もう子供を持つことはできない。また自分のせいだと無価値感に襲われました。

 

でもこの時、やった、死が訪れるんだ。全てから解放されるんだと安堵した気持ちになったのも事実でした

 

この時、初めて母との事を主人に話ました。母を見て、なにか違うなと感じることがあった様で、気づいていたと主人は言いました。弟が結婚したのもこの頃で、主人の助けもあり弟にも初めて母との事を伝えたところ、これも全て理解してくれ、自分も家族を守ると言ってくれました。

 

無価値と思っていた自分を理解してくれる人がいる、生きがいとはきっと、こういう事を言うのだと分かりました。

 

気持ちが切り替わったことで、学んでいた心理学が必要だったのは母を助ける為ではなく自分の為に必要なことだったのだ、母と同じく、私も苦しんでいたという事、自分を生きておらず、母の人生を生きていたことに気づきました。

 

変わろうと思ってはいたけれど、気づけた、変われたのはこの時でした。弟夫婦や主人が理解してくれているのだから生きようと。

 

今年で術後5年ですが、おかげさまで生きています。

 

死にたい人へ、自分を生きて

みな、真面目に生きていれば失敗や挫折があると思います。深く傷つくことも、災難に見舞われることもあると思います。

 

何かのきっかけになる様に、全ての物事は起こされているのだと感じました。気付くとか、目覚めるとか、そんな大ごとでなくても軌道修正される点は必ず仕掛けられているのだと思います。

 

術後、自分の人生を生きる様になった事、小さな気づきがあった事、人生は流るがままに体験しようと思いました。

 

そうしているうちに母を許そう、赦そう、どちらの字が当てはまるか分かりませんが、そんな心境になれました。母の事を手放した時、松田さんの情報が流れる様に私の元へやって来たのです。

 

私はそれを受け取りました。一人で生きていく、この後の私の人生そのものです。人に頼らず、体調に左右されず収入を得る。主人に幸せをもらえた分、私が主人に安心をあげたいと受講を決意しました。

 

自営業、医療業界でもとても厳しいです。材料費は年々上がり、このままではやって行けなくなると思います

 

自我否定が強かった自分でしたが、周りの人に助けられ、仕掛けに導かれながらここまで来ることが出来ました。何かのため、人のため、社会のために頑張って来た人が厳しい思いをしているのだと思います。

 

これからはどうが、自分を生きてください。こういう私もまだ試行錯誤しながらですが、確実に今までとは違う自分を生きています。

 

そしてガンを経験された方、現在闘病中の方、皆さんもう充分すぎるほど頑張って来られたのですから、力を抜いて、自分を大切にして下さい。

 

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