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自殺防止

いじめに都合のいい存在?グループにヒエラルキーのトップが…輪の中に入れない

投稿日:

このテーマを見た時に、自分の過去を抉り出すような感覚で固まってしまいました。

 

自分のつらい過去と向き合うこと、必要だと思いつつ、やはり心のブロックが強くかかっているのを感じます。手に冷や汗が出てますし・・・

 

それでも、このテーマが目の前にあるということは、私にとって今必要なことであり、今向き合う為にあると思って、色々押し込めていたものを出していこうと思います。

 

では、過去は妄想というように、第三者目線をイメージして、ゆるーくらくーに構えたいと思います。そしてこの機会に、思い出した後はすっぱり切り替えていきたいと思います。

 

よろしくお願いいたします。

 

私は、過去に本当にしんどかった出来事が2回あります。

 

一つは、小学校~高校生のいじめ・・・、”いじり””無視””仲間はずれ”などなどです。

 

もう一つは19、20歳の時に遭った詐欺まがいの件ですが、今回は前者の方にしっかりと向き合いたいと思います。

 

なぜなら後者の方は、本当に精神的に危なかったのですが、こちらは結構学びになったと今は思えているからです。

 

このテーマを見る前、松田さんの例文を拝読して、”あ、この話はきつい・・・”と思いました。

 

過去のいじめの話を見て、そういえば私にもこんな感覚あったなと、奥に追いやっていたものが出てきたのを感じ、”この過去に向き合わないといけないの嫌だな~”と思ってしまいました。

 

あまり暗く書くとしんどいので、淡々と書きたいと思います。

 

前置きが長くてすみません・・・

 

始まりは小学校3~4年生頃なんですが、そのころグループができました。私を含めて6人です。

 

私はその頃から、陰キャラタイプ、外遊びより部屋で遊ぶ方が好き、漫画読むのが好き、絵をかくのが好き、おしゃれとか無関心、雑誌とか興味なし、外見磨きもみんなより無関心、みんなと最初からついていけない感じでした。

 

特に、当時は全く意識していませんでしたが、そのうち2、3人くらいはいわゆるヒエラルキーのトップに属性するタイプで、私と正反対といえるようなタイプでした。

 

なぜ私がそのグループにいたのか・・・それはきっと都合のいい存在だったのだと思います。そんなタイプなので、6人いたら1人は必ず浮く人っていると思うんです。

 

よく集団を見ていたら、男でも女でも、グループで仲よさそうにしていても一人は輪の中に入れていない・・そんな人がいます。

 

私がそのタイプです。2:8の法則に似ています。なので私は、外で若いグループを見る時、必ずそういう人を見つけてしまいます。

 

いつも輪の外側にいて、自分の居場所がないような、それでもこのグループにいないと自分の存在がある意味示せないような・・・

 

そして心の中で、「今はこの集団に溶け込めない経験をして、もしかしたら辛い思いをしているかもしれないけど、絶対周りに流されずに自分を信じて成功する人生を歩んで行って欲しい・・・」と思っています。

 

これは、自分にも言っているようなものですね。自分が成功して、それを証明したいとも思っているんだなと、今気づきました。

 

とにかく、結構鈍い私でも、辛いことがたくさんありました。

 

ふざけてポスカで髪の毛を塗られたりしたこともありました。犬のあだ名をつけられたり・・・

 

応募して行く合宿のようなところにもその6人で行ったりしたこともありました。

 

そこで寝る時は2段ベットが4台だったのですが、ひとりだけ下のベットで寝ることになって悲しくて泣いたり、帰りのバスでは一人で寝ていたら(起きてたんですけど)堂々と私の悪口をみんなで言っていたり・・・

 

色々あります。帰りに別れる時、私にだけあえて”バイバイ”と言わないとか、誘わないとか、バカにしたりとか、本当に色々です。

 

私だけならまだいいのですが、私の家族までからかいの”ネタ”にしていました。今思うと、ひどい話です。今は完全に縁を切りましたが、当時はその世界で生きてました。

 

死にたいと思うようなことはやっぱり高校からでしょうか。

 

その小学校からのグループのリーダー格の子が本当に強くて、立ち回りが上手で、先生には気に入られるタイプで、友人を多く味方に付けられるタイプなんです。

 

その子に高校から一層目をつけられて、よりいじめというか、徹底的に追いやるような行動をとられました。

 

あることないこと、色々周りに吹き込んで、私のイメージを悪くしたり、孤立させることにそれはそれは徹底されました。

 

部活の子から覚えのない嫌われ方をしたり、高校一年生の頃の修学旅行などイベント系は、グループ行動の仲間はずれは当然です。

 

集合写真では、わざと私が見えないように女子の壁で並べないようにされました。

 

中学校の部活へみんなが遊びに行くとき、他の子は全員誘って私だけ声をかけなかったり、色々ありましたね・・・とにかくいじめ方が陰湿というか、賢いというか・・・

 

公にではなく、陰で追い詰めるというのが、当時も凄すぎと思っていました。

 

それでも、それでもです。当時は、まだ前のように仲良くしたいと思っていたんですよね・・・(仲がいい時なんてありませんでしたが、今思えば洗脳状態でした)

 

誰かに気付いてほしくてわざと咳をするように

そんな本当にしんどかった時、当時私が思いついたのは、”なにか病気になれば、みんな心配してくれるかな・・・”でした。

 

そこで、わざと咳をするようになりました。

 

今思えば、私も本当に追い詰められて大変だったんだなと思います・・・何かをアピールするように、わざと咳をするようになったんです。

 

しょっちゅう咳をしていたら、誰かが大丈夫?って心配してくれるかなと思って、私なりの小さなSOSだったんですね。

 

そんな小さなコールでしたが、みんな、とてもそっけない反応でした。リーダー格の子なんか、冷ややかな視線だったような気がします。

 

周りから見たら、咳くらいでは全然心配なんかしないのも当たり前かもしれません。風邪だったらそのうち治ると思いますし、酷かったら学校を休むことになるはずですし・・・

 

でも、誰かに気づいてほしかったんだと思います。すると、しばらく続けていたら、本当に咳が止まらなくなって、とても苦しくなったことがありました。

 

授業中の時でした。本当に苦しかったので、それ以降は咳をするのを止めました。

 

今思えば、病は気からといいますが、本当に思考が現実化するというのをその時初めて体験したことかもしれません。

 

このままでは本当に病気になってしまう、とやっぱり怖くなって仮病を装うのはやめました。現実は厳しいんだな・・・と思いました。

 

有り難いことに仲良くしてくれる子もいましたが、狭い学校という箱の中で、世間の冷たさを実感していました。

 

私は集団が苦手になりました。あとは女子とは挨拶だけの関係が一番いいということを学びましたもちろん素敵で仲良くしたいと思える人もいると思います。

 

けどブロックがかかっているのを感じます。一定以上親しくなるのが怖いです。

 

私は誰かと仲良しこよしで生きるより、自分の道をいこうと思うようになりました。

 

リーダー格の子を庇って死にたいと考えるように

その咳をしだしたあたりからだと思います・・・

 

またリーダー格の子ともう一度仲良くなりたいという思いに取り憑かれていた私は、「その子を庇って死ぬところ」を何度も考えるようになりました。

 

今思うと、馬鹿じゃないのと思えるのですが、当時はそれくらい精神的に思い詰めていたんだなと思います。

 

誰かの犠牲になって死ぬとか・・・今はそんな事は考えませんが、下僕?と思えるような状態でしたね・・・

 

なので、学校でもし襲撃にあったら・・・また仲良くなりたかったからその子を庇って死のうかなとか
本気で考えていました。本当に危険な状態だったと思います。

 

それを毎日毎日、繰り返し考えてしまっていました。

 

そんな事を潜在意識に何回も刷り込ませていたんだと、今となっては”やっちゃったな~”というかんじです。

 

学校襲撃なんて現実には起こりませんでしたし、庇うようなシーンも起こりませんでしたが、それで死んでもまあいいかな・・・なんて考えていました。

 

とにかく私の人生を、誰か他の人に捧げてしまっている状態でした

 

まだ”あいつら不幸になればいいのに”とか思っていたら良かったんでしょうか。でも、どちらも誰かに取り憑かれていることに変わりはないですねその子の影響は本当に計り知れないです。

 

縁を切った時、その異常さがようやく分かりました。

 

今はどうしているのか、全く知りませんが、結婚をして子どもが生まれているそうなので、きっと今でも友人にたくさん囲まれて上手いこと幸せに生きているんだろうな~と思います。

 

私は私で、そんな人たちと関わらないところで幸せな人生を生きたいので、誰を恨むことなく、自分の道で成功したいと思います。

 

誠実に生きていれば絶対に報われる

実際自殺だと、電車で轢かれるとか、痛い思いをすることなので、苦しいのは嫌です。

 

それに生きていたら、やっぱりいいことだってあると思いますし、私はちゃんと誠実に生きていれば、絶対に報われるとも思っていました。

 

後は、見返してやるという思いも実際あります。

 

それに大切な家族もいます。悲しい思いをさせるのは私も嫌ですし、私は家族を幸せにしたいと思っています。

 

正直、生きがいがまだ何なのかよく分かっていません。私の現世でやるべきことも、まだ見えていません。けれど、このたくさんの経験がきっとどこかに活かされるはずだと思っています。

 

好きなこともたくさんあります。

 

学ぶことも好きですし、娘や家族と過ごす事も好きですし、自然に癒されたり、美味しいものを食べたり、好きな音楽を聴いたり、絵を描いてみたり、塗り絵をしてみたり、料理をしたり、旅行に行ったり、お布団で幸せを感じたり、ブログを書いたり、色々好きです。

 

ささいなことが本当に幸せです。たくさん幸せがあるのに、それを放棄するのは本当に勿体ないと思います。

 

これは、こんな風にたくさんの幸せが見つけることができたのも松田さんとひまわりさんの学びのおかげです。本当にありがとうございます。

 

私はまだ自分の人生を生きて満足するまで、死んではいけないと思っています。そして周りの人を幸せにしたいですし、誰かの幸せに役立ちたいと思っています。

 

そのために、過去をすっきりと捨てて、日々学んでいきたいと思います。

 

今回、こうして過去を炙り出せる機会をいただき、本当にありがとうございます。こうして書き出してみて、意外と私の人生面白いなと俯瞰することができました。

 

書き出す最初は本当に嫌でしたが・・・

 

書いてみると、冷静に自分の過去を見つめることができて良かったです。これですっきりと前へ進むことができると感じました。

 

おばあちゃんになって笑って満足しておだやかに死にたいです

悲しんで死ぬのって、本当に勿体ないと思います。

 

何のために生まれてきたのか、何か意味があって生まれてきたはずなのに、そんな死に方でいいのでしょうか。

 

その人にしか分からない辛さがありますが、私の辛さも誰でもない私しか分かりません。

 

今の状態で過去と同じような経験をすれば違う過ごし方ができたかもしれませんが、どんな経験も私にとって必要なことだと思えます

 

この経験が何かに活かされると思うなら、私はその過去買取るよと言われても、決して売らないと思います。

 

もちろん過去は過去なので、経験の一部として私の中に在りますが、余計なものは切り捨てていきたいと思います。

 

どんな経験も、良い学びです。本当にそう思います。

 

私は、成功者はたくさんのどん底を経験した方々ばかりと学び、少し気持ちが楽になりました。そして幸せな人生を送っている人が世の中にはたくさんいます。だから、誰にだって可能性があるということなんですね。

 

それは、今辛い人にとって生きる希望だと思います。

 

やっぱり人は一人では生きていけないので、必ず誰かはいてくれています。

 

どんな死に方がしたいと言われたら、私はやっぱり幸せな満たされた人生を十分に送って、たくさんの人にそれを還元しておばあちゃんになってから、笑って満足して「みんなありがとう~」と思いながら自然に囲まれた景色の良いところでおだやかに死にたいです。

 

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