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自殺防止

父の運送会社が倒産、右翼やサラ金に借金し地方へ、親に捨てられ情けなさと怒りが

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前から怪しかった父の運送会社が私が大学2年の時にとうとう倒産しました。

 

銀行のみならず、右翼やサラ金にまで借金をしていました。会社を潰さないように、社員に迷惑かけないように、父は闇雲に借金をしまくって居ました。そんな後先考えない行動は当時理解してあげられなかったのですが、今思えば、必死にできることをしてきたのみだったはずです。

 

私は「家にいても大丈夫だから」という父の言葉が信じられず、姉と弟を説得して荷物をまとめて姉が当時彼と住んでいたアパートに逃げました。母はその頃、アメリカに居て、私たちと一緒には居ませんでした。

 

忘れもしません、夕方、身の回りのものだけをかき集め弟を連れて姉の家へ逃げました。姉のピアノは即、運送屋さんを手配して友達の家へ隠しました。

 

その夜、姉の彼が私達の家を見に行ってくれました。家は男の人達でいっぱいだったそうです。電気もついて居て、人が家の中に入って居たそうです。私達は怖くて自分たちの家を見に行くこともできませんでした。大丈夫と私達に言って居た父も地方に逃げてしまいました。

 

親に捨てられた気分、情けなさ、親への怒りさえ感じて居ました。親を恨むって辛いです。私の両親は私たちが子供の頃から喧嘩ばかりして居ました。お金の事でも喧嘩をよくして居ました。家族は当時バラバラな状態でした。

 

すでに私も弟も20歳を超えた年齢で自分で考え行動できる歳に達して居たことだけが救いだったかもしれません。さっきまで家族で住んでいた家は、借金取りに乗っ取られてしまいました。

 

不安、恐怖、情けなさ、その夜からぐっすり寝れない日が続きました。それでも姉弟が一緒がいてくれて良かった。

 

人目を気にし挙動不審。生きた心地がしない

その後、何日かは姉の家で外出を控え、隠れるようにして生活して居ましたが、彼もいるし、私と弟は出ていくことになりました。そして三人で話した結果、なるべく普段の生活を続けること大切ということに気づきました。

 

私は当時カナダに行ってしまった友達のお母さんに事情を話しました。そのお母さんのありがたい配慮で、当分その家に彼女の両親と住むことになりました。

 

そこから学校に通い、夜は新宿のクラブでホステスのバイトをして生活して居ました。

 

まだ良く眠れない日が続きました。右翼の人がいつか怒鳴り込んできて、自分をどこかに売ってしまうのではないかと思ってビクビクして居ました。右翼の街宣カーが通ると、とうとう来た、と思ってしまうのです。悪い夢もいっぱ見て、起きてしまいました。通学も人目を気にして、多分、挙動不審でした。

 

友達の家は、お母さんは焼き鳥屋さんをして居て夜は仕事でしたので、夜はお父さんと私と二人でした。すごく感謝して居ますし、良くしていただきました。

 

でも夜、二人でいる時にお父さんに抱きつかれたり、キスされそうになったりで、とうとうその家も出る決心をしました。50歳近くになった今でも、この事は友達には絶対話せません。

 

こんな生きた心地がしない生活が一ヶ月以上続きました。「死んだ方が絶対に楽だ」と何度も心に思いました。

 

死んだほうが楽だが絶対に死にたいとは思わなかった

こんな生活より絶対的死んだ方が楽だと何度も思って居たのですが、絶対に死ぬ気にはなれませんでした。生活があまりにも情けなさ過ぎて、ここで自分の人生を終わらせるのが嫌でした。こんな惨めなまま、自分の人生を終わらせる勇気なんてこれっぽちも有りませんでした。

 

右翼の街宣カーのアナウンスには相変わらず、恐怖を感じて居ましたが、強く、強く死にたくないと思って居ました。

 

そして絶対幸せになってやる!絶対楽しく生きる!楽しい人生にする!私はもっと経験したいことがいっぱいある!もっと素敵な思いをしたい!と思えてきて、強い自分がいることにも気づきました。そう思えば思うほど、自分が強くなっている感じがしました。

 

友達のお父さんにセクハラされたり、ホステスのバイトで嫌いな人にセクハラされたり、嫌な気持ちになって泣いたこともあります。なんで私だけ人に振り回されて、自分が悪いわけでもないのに、こんな情けない思いをしなければいけないのか納得いかず、涙が勝手に出てしまうこともありました。

 

でもこんな姿で死ぬ自分なんて絶対に許せませんでした。そう思えて、強い自分を発見し、逆に器の大きくなっている自分さえ実感するようになって居ました。どん底を味わった気分でしたが、逆に大したことでは驚かない強さも身につけて居たのかもしれません。

 

人に明るい気持ちを与えたい

死にたくて生まれてくる人はいません。もちろん生きている限り、死と隣り合わせというか、切り離せないというのはあると思うのですが、楽しい、嬉しい、幸せとか、気持ちいいとか、そういったポジティブな感覚って人間を本能的に喜ばせてくれてます。

 

そういう時に、自然にみんな「生きててよかった〜」って言ってます。私はそうです。そしてその喜びを求めて私は生きて居ます。生きていれば、悲しいことも情けないこともあるんです。それは人生のスパイスです。

 

辛いこと、大変なことが結果的に自分を大きくしてくれたり、人に優しくできたり、良い結果に導いてくれたり、良い出会いに導いてくれることがあります。だからそういったネガティブだった事はポジティブな結果と結びつけてチャラにします。

 

あれがなければ、この人に合わなかったよな、とか、こう思えなかったな、なんて都合よく考えるようにして居ます。そもそも嫌な事なかったら、強く幸せになりたいなんて思わないかもしれません。

 

私の生きがいは愛、人と自分を許したい、幸せになりたい、嬉しいと感じて居たい、幸せで居たい、満足して居たい、気持ちい、美味しい、自由で居たい、人の役に立ちたい、与えたい、感謝して生きて居たいです。そして人に明るい気持ちを与えたいです。

 

死にたいときは人生の最低ライン、長くは続かない

結果から言えば、死なないほうがいいよと言いたいです。

 

でも、死にたいなんて本当に辛い思いをされているはずです。簡単に死ぬな、なんて言えないほど、そういった方達は辛過ぎて人生を辞めたいのでしょうね。自分で嫌な人生を辞めれるのも幸せという人もいます。

 

でもお父さんやお母さんが悲しむのを期待している子供はいません。愛している人が悲しむ顔を見たくないですよね。家族じゃなくてもいいです、誰か一人でも悲しむ人がいたら生きたほうがいいよと言ってあげたいです。

 

死にたいと思っているときは、絶望的で人生の最低ラインです。そこがどん底の底辺です。どん底からは上がるだけです。最低ラインがずっと続く事はあり得ません

 

変わらないものはないからです。全ての物や事象がずっと同じ状態という事はあり得ません。絶対に生きて居たら嬉しことや幸せだなと思えることがあります。その人が生きてる事で、喜んでくれる人がいるなら、120%生きてる価値はあります。とは言っても今死にたい人にこんな事言っても、聞いてくれないですね。

 

まずは美味しい物食べて!美味しいお茶飲んでみて!深呼吸してみて!

 

そしたら私がハグしに行きます!死んだほうがマシとは言わないでね。

 

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