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死にたい

死にたい。小学校とメンツが変わらないのに中学校でいじめに。理由は解りません

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田舎の学校では、メンツが余り変わらずに、小学校から中学校に上がるのは珍しくないことです。自分は、中学校に入学してから半年でいじめの対象になりました。理由は、いまだに、解りません。

 

上靴が無くなる、授業中に嫌がらせ、給食をメチャクチャにされる、クラス中からの罵声など、いじめのフルコースで、自分は、登校拒否を起こしました。

 

担任の先生にその時の状態を訴えても相手にされず、救いは部屋に閉じこもることだけ。

 

友達だと思っていた子は、見て見ぬふりどころか、表向きにはいい顔して実際は傍観者。巻き込まれないように、器用に振る舞う姿に絶望しました。

 

登校拒否を、何とか無かった事にしたかったのか、中学校は、「このままでは進級させられない」、「卒業させないぞ。」と脅迫まがいの対応ばかりで、死んでも構わない、むしろ、死んだ方が、この地獄から抜け出せると毎日見えない縄で首を締め上げられた時期でした。

 

地獄は、さらにひどくなりました。周囲の理解がなかった事です。

 

いじめについてあまりにも理不尽なことを身内から言われました。「いじめられるお前がわるい」原因もわからない状態で、解決策もなく毎日声を殺して泣きました。

 

泣き声を聞かれたら、また怒られる環境だったのです。生きる場所は自分にはないと思いました。部屋に入って、さらに、布団に入ってやっと安心して泣ける環境に疲れました。

 

抵抗する力もなくなり、ひどい、悪夢も日常的に見るようになりました。

 

死にたい、毎日絶食と自殺の方法を考える

毎日、毎日、死にたいと考えて当時の自分にできたことは何もありませんでした。正確には、出来ることがなかったです。

 

当時、携帯、インターネットは身近になく閉鎖された田舎では、その日どこにいたか噂の種になるので外出しないことしか出来る事が無かったです。

 

そんな時、毎日出来た事は、絶食です。それと、自殺の方法を考える事、どこで死ぬか計画しました。

 

死んで何もかもやめる予定だったので、今まで、できなかった事をはじめました。一番最初は、理解のない身内を無視することです。何を言っても無視し続けて好き勝手にやりました。

 

家庭内暴力こそしなかったですが、話も聞かない、頭ごなしに怒るなら、死んでやると怒鳴り散らすこともしました。

 

あとは、いじめた連中に復讐することです。刃物を持って、学校に行き、自分がなにをしたか思い知らせてやるとか、学校側も隠せないくらい、派手に自殺してやると、また自殺の方法を考えたり、なんとか復讐して苦しめたことを、後悔させてやるため計画しました。

 

カミソリをいつでも、手の届くところにおく。自殺できそうな場所を探して、いつ実行するか、日付を決めるとかそれぐらいしか、できませんでした。行動する事すら力がなかったです。

 

すべて未遂に終わり結局何もできませんでした。やらなくてよかったと今はおもいます。

 

そんなことをしても、彼らは変わらないからです。加害者でなく、被害者でよかったと少し思います。やられた痛みは微かに、残っています。

 

視界に入るものが死ぬの道具になるかそればかり考える

死ぬことを、決めたら考えたことは死後の世界のことでした。自分が死んだら誰が悲しむとか、迷惑をかけるとかそんなこと、どうでもよかったです。

 

おそらくその時の自分は精神的な疲れで、思考力が落ちて死ぬこと以外に、興味がなかったと思われます。死んでも何も変わらない、と強く考えました。

 

つぎに、死んでいくのだからと開き直り、行動が変わりました。視界に入るものが、死ぬための道具になるかそればかり考える、死んだ後への期待に溺れるのが安らぎだった時期から、死へのマイナスな情報が目につくようになりました。

 

死んだとき、痛いのは、苦しいのはいつまで感覚があるのか、そもそも成功してすんなり死ねるのか、中途半端に生きていくのはいやだ。失敗したからまたもう一度も嫌だと、死に対しての、いくつかの種類の不安、恐怖について考えるようになりました。

 

どの様に、死体は扱われるのか、死んでいくのだから、どうでもいいことなのに考えることは、現実の世界でのことに、移行していきました。

 

おそらくは、人間の生きる為の本能に近い部分がシステムとして動き始めた瞬間だったのでしょう。恐怖の感情は日に日に強くなりました。

 

心がつらくて不眠になったのが、恐怖で不眠になったのです。

 

死にたいと考えて、今度は恐怖に苦しむ時間がさらに、精神的に追い詰める感覚は本当に経験した人しか、わからない。

 

生きるのも、死ぬのも地獄ばかりで救いなんてどこにもなかったです。ひたすらに苦しかったです。

 

「なぜ、自分が」と納得できず、死ねなかった

死にたいと思い、行動して、考えてそれでも、なお生きていた理由は簡単に死ねる状況でなかった事と、最後に残っていて、しぶとく消せない「悔しい」いう感情です。

 

家族に対する申し訳なさとか、周囲に自分の心を引き留める何かがあった訳でもない。ただひたすらに、「なぜ、自分が・・・。」と納得できないから、死ねなかったとしか言えません。

 

楽しいことも、おもしろいことも、無いかもしれない所に何で自分が行くのかと勝手に生きる理由を作っていました。生きがいは?と問われれば、思いつくことはありません。

 

ただ、悔しかったことしか記憶にありません。

 

ではなぜ、いま生きているかは、もたもたしてる内に、苦しい状況、環境、人間関係が変わっていったことが理由です。

 

生きがいと、言えるものも、当時よりは出来ました。美味しいものを食べて、旅行したいとか欲しいものができたとかその程度です。

 

あとは、死ぬ理由がなくなったからです。

 

今は、死ぬことにお金がかかります。そのことで他者に迷惑がかかるのが気になるから、なんとか生きてるだけ。しかし、その場になればきっとまた生きる口実を作るかもしれないです。

 

現代の世の中は、簡単に死ねない作りになっています。死ぬために、エネルギーが必要です。想像以上に、時間も手間もかかります。

 

それだけのことをする気力がなかったから、死にぞこなったから、生きてるのがおそらく半分と、僅かな希望があるのかもしれません。

 

もしかしたら、まだ何か出来ることがあるかもしれないと思ってるかもしれないです。 

 

死にたい思いを環境を変える力に使って

今の時代は、死ぬのも一苦労です。賃貸で死んだ場合、大家さんから親族に対して損害賠償を起こされる可能性があります。

 

何かのきっかけで、自殺中に見つかれば延命治療されるし、意識が戻ったら、身体のどこかに障害が残りなおさら、つらい思いをして生かされる、死ぬための環境から遠ざけられるのは可能性として高いでしょう。意外に大変です。

 

その力が、あるなら環境を変える方に使ったら死ななくてよかったと思える人生になる、はずです。命と引き換えに出来るものはこの世にありません。

 

出来ると思っているなら、何かがおかしい証拠です。その対象が、身内か、他人か、自分自身か、何かしらの環境かそれはいくらでも種類があると思います。

 

ただ、本当に死ぬしかない状況は、レアケースで、あるいは、抵抗する力が残っていないかの二つに分けられます。

 

警察に、相談するか、弁護士に相談するか、単純に、その場から逃げるか、だれでもいいから、自分は苦しいんだ、助けてくれと声を上げることで、わずかでも変化があるはずです。

 

助けてくれと言うことは恥ずかしいことではないです。

 

人間は弱いから、集団で生きて、問題を解決するために科学を利用したから今生きているだけのことです。

 

助けを求めるくらいには、つらい思いを、したから死を考えているだろうから、ならば救いを求めてもいいと思います。

 

我慢とか、辛抱が、当たり前になってもつらいと声に出さないと誰にも分からないです。

 

一人で死んでも何も変わらないです。

 

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