生きづらい方の働き方を教えます。

800本以上、300時間以上の動画を無料で公開中

 

 

死にたい

死にたい。25歳で二度目の大学生。父親あからさまに見下され鬱病に

投稿日:

今までの人生で死にたいと思ったことは何度かあります。その中で一番若かった時のことを書こうと思います。

 

私は25歳で二度目の大学生になりました。浪人して入った最初の大学を中退して、体調もすぐれず、重苦しさを感じながら何も出来ずに日々過ごす中、強烈な劣等感が増してゆきました。

 

私の出た高校は進学校でした。ほぼ100%が大学に進学し、しかも結構な人数が一流大学に行きます。

 

また身内にも高学歴の者が多く、父親などは、自分はさほど高学歴でもなく頭もよいわけではないにもかかわらず、他人を学歴(というより学校歴)であからさまに見下し馬鹿にしていました。

 

そういう環境で育ったので、大学に行くのは当たり前、大卒でない自分はダメ人間と決めつけ、「大学くらい出ないと」という思い込みのために再受験しました。

 

けれども後ろ向きな気持ちで勉強しても効果が上がるはずもなく、結局行きたかった大学には行けず、滑り止めの大学に拾ってもらいました。

 

後で考えると、この時点でも私は充分に恵まれていました。気持ちを切り替えて、新しい友人、指導者、勉強を受け入れ、前向きに取り組めば良かったのです。

 

でも私には超マイナス思考、ネガティブ思考のクセがしっかりと染み付いていました。

 

大学の若い同級生と比べては周回遅れ以上の自分を恥ずかしく思い、とっくに大学を卒業し、大学院へ行ったり、医師になったり、一部上場企業に勤めて、社会人としてバリバリやっている高校の同級生と比べてはみじめな気分になったりしていました。

 

勉強、サークル活動、バイト、彼氏彼女との付き合い、旅行など、青春を謳歌している同級生を横目に、私はというと地味な服を着て大学と家との往復でした。

 

心の中は恥ずかしさとみじめさ、敗北感でいっぱいなのに、そういう自分を認めることができす、必死で取り繕っていました。取り繕うことに神経とエネルギーを使っていたので、大したことはしていないはずなのに毎日へとへとでした。

 

そのうち、やるべき目の前のことが出来なくなりました。課題の文献を1ページ読むのに、気づいたら1時間経っていることもありました。ゼミの発表では助教授から冷ややかな視線を向けられ、首を横にふられたり、ため息をつかれたり散々でした。

 

身体にも症状が出はじめました。一時間半以上続けて眠れない、目が覚めると胸が重苦しく、夕方になると勝手に涙が流れたりもしました。

 

休学したら復学する自信がありませんでしたし、辞めるとなると二度目の中退になります。辞めたいと思うたびに「何をやっても続かない」という父の言葉が頭の中で鳴り響きましたた。

 

思考は勝手にわいてきてコントロールできませんでした。「こんなんじゃダメだ、何とかしなければ、頑張らねば、自分はダメだ、もう嫌だ・・・」というようなつぶやきがどんどん自分を袋小路に追い込んでいきました。

 

前向きな考えや、打開策など全く思い浮かばなくなり、ただひたすら情けない自分にしか焦点が当たらなくなりました。そして最後は「消えてしまいたい(死んでしまいたい)」だけしか浮かばなくなりました。

 

死にたい、電車に飛び込んだら終わりにできる 

「消えてしまいたい(死にたい)」と思ったとき、私はよく用いられる二つの手段しか思いつきませんでした。

 

はじめ電車に飛び込んだら終わりにできると思いました。

 

けれど実際にホームの端に立っていると分かるのですが、ものすごいスピードで鉄の塊が突っ込んでくるのです。風圧や迫力は恐怖を覚えるのに充分でした。私には飛び込む決断力と勇気がありませんでした。

 

もうひとつは、当時住んでいた部屋はロフト付きで、ロフトに梯子がかかっていました。梯子にベルトをかければ・・・と思ってはハッと我に返るを繰り返していた記憶があります。こちらも実行しませんでした。

 

結局、私が自殺という手段を選べなかったのは、良くも悪くも決断力がなく、そして体がかなり疲労していてガス欠状態になっていたので起動する力、勢いさえ残っていなかったことが幸いしたのだと思います。

 

その後、もうどうすることも出来ないと思って勇気を振り絞って精神科(心療内科)へ行きました。当時はメンタルクリニックという看板を掲げたところは少なく、心療内科でさえ私にはハードルが高かったのです。診断は鬱病でした。

 

「病名が分かってほっとしたでしょう?」と先生に言われました。

 

「自殺だけはしないって約束してくれる?」「鬱病の患者さんは真面目な人が多いから、約束すると守ろうとしてくれるんだよね」と。

 

私はほっとするどころか、情けなさとみじめさでいっぱいになりました。そしてそれが悔しさに変わり、怒りと闘争心に変わりました。

 

私はしっかりと嫌っていた父親の偏見を自分の価値観にインストールしていました。父親は古いタイプの人間で、精神科の世話になるのは弱い人間で、家族にそういう者が出るのは家の恥という考えを持っていました。

 

だから私は鬱病と診断されたとき、一旦落ち込んだものの、そのことが、私の中にかすかに残っていたつまらないプライドを刺激しました。

 

「私が鬱病?そんなことあるわけない」「死んでなるものかーっ!」という爆発的思いが湧き出しました。

 

結果的にですが、私は鬱病と診断されたことで全く死ぬ気がなくなりました。

 

四六時中、自分の問題に思いめぐらしている

「死にたい」と思っていた時は本当に思考の幅が狭くなってしまっていたと思います。

 

肉体的、精神的にギリギリの状態で耐えているのでそうならざるを得ないのですが、気が付いたら四六時中、自分が問題だと思っていることについて思いめぐらしています。

 

そのことが不快感を伴うものであってもです。そしてそれが更にストレスとなって体や心を消耗させて負のスパイラルに落ちていく感じでした。

 

私の場合、「これではだめだ」「自分はダメだ」とい自己否定、現状否定からスタートして、「何とかしなければ」、「どうすればいいのかわからない」となり、結局、否定に帰結していました。本当はむしろ何も考えない方がはるかに良いのに不毛の思考を頭が勝手に繰り返しているのです。

 

日々の生活の中で、自分にもほかの人達と同じようにちょっとした良いこと、例えば、夕日がきれいだったとか、おやつのアイスクリームが美味しかったとか、通りすすがりの人に親切にされたとか、電車で向かいの席にかわいい女の子が座っていたとかあるばずなのに、

 

それはなかったの如くで、人に叱責された言葉、投げかけられた意地悪な言葉、他人からの低評価を増幅させて世界を真っ黒に塗って、「死にたい」方向へますます自分を誘導していきました。

 

際に起きていることに、それに反応して生み出された感情がくっついて取りつかれたように否定的な考えばかり浮かんできていました

 

死にたいと思っても死ねなかったのは母親と猫のことがあったから

死にたくても死ねなかったのは、実行する勇気がなかったこともですが、母親のことを思ったということと、実家にあずけていた猫に会えなくなるのはつらいと思ったからです。

 

その母は約7年前に亡くなりました。親孝行することがかないませんでした。

 

私の父親は神経質で些細なことでイライラしたカーッとなったりする人でした。そのため子供である私達も些細なことで叱られたり、当然体罰もありました。

 

おとなしい姉に比べて活発だった私は父の神経に触ることが多く、何かにつけて叩かれていましたし、我儘というレッテルも貼られていました。

 

子供にとって父親との体格、腕力の差は歴然としています。体罰は恐怖以外の何物でもありませんでした。

 

私が理不尽に叱られるたびに母がかばってくれていました。だから、私の死によって母が相当なショックを受け悲嘆にくれるのはできれば避けたいという思いがどこかにあったのだと思います。

 

もう一人(一匹)は高校生の時、学校帰りに拾って飼っていたネコでした。この猫は顔も性格もかわいく、人とコミュニケーションをとるのも上手でした。

 

学校でも家庭でもストレスだらけの生活をおくっていた私にとって、この猫は子供のような分身のような大切な癒しの存在でした。離れていても思い出さない日はなかったくらいでした。二度と会えなくなると思うとつらいと思いました。

 

この二人(一人と一匹)への思いが結局は私を思いとどまらせてくれたのでした。

 

大切に思ってくれている人のことを思い出し支えにしてください

生きていれば色々なことが起こると思います。

 

悲しいこと、辛いこと、理不尽なこと、時には神も仏もいないのか、と言うようなことも起こりうると思います。人それぞれ感受性にも違いがあるので、重く受け止め、深く傷つく人もいるでしょう。

 

私は死にたいと思うことが悪いことだとは思いません。それだって自分の内側から出てきた大切な自分の声、魂の叫びなのだから否定せずに聞いてあげて、受け止めてあげればいいと思います。

 

ただ、できれば死なない選択ををして下さいとは言いたいです。「お前なんかに何が分かる」と言われてもです。

 

知り合いを通じて自ら命を絶った人の話を聞いたとき、ニュースでそういった類の話を聞いたとき、私としては残念でならないのです。悲しいです。

 

死にたいと思っている時は思い詰めて問題をより複雑に深刻にしてしまっている可能性だってあります。すべての扉が閉ざされ、出口も見つからず、差し伸べられる手の一本もないと思って絶望してしまいたくなるかもしれません。

 

そういう時はあなたのことを大切に思ってくれている人のことを思い出し支えにしてください。

 

あなたが大切に思っている人、モノ、事を思い浮かべてちょっと元気をもらって下さい。そして時には猫のようにうーんと伸びをして(ストレッチ)、時には温泉でぼーっとして精神の入れ物である体をゆるめてあげて下さい。

 

21世紀の在宅ビジネスを800本以上、300時間の動画で解説しています。

うつ病が蔓延しています。50代、60代になっても健康に生きたいと思いませんか?次世代の働き方を300時間以上の動画を使い無料で教えます。

 

-死にたい

Copyright© 死にたい人が生きたくなるブログ , 2020 All Rights Reserved.