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死にたい

死にたい。表に出るだけで恐怖と吐き気、パニックで落ち込み、引きこもりに

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小学生から大学生まで幼児の頃から病弱でひとりっ子で小児喘息。幼少の頃より体重、身長共に標準以下クラスではいつも1番前でした。

 

そんな私は食も細かったため給食をいつも残し、食べるのも大変遅ったこともありいつも完食したことなどありませんでした。

 

そんなある日、担任の先生に給食を残してはいけないと言われ昼休みも給食を食べさせられることになりその頃から食事に対する抵抗感が出てくるようになりました。

 

給食の時間に近づいてくるととても憂鬱に感じるようになり、しかしどうしていいかの術もなく、早く残さず食べるように努力しました。

 

中学生になってすぐの頃、クラスにもまだ慣れずにいた頃です。

 

じめての給食の時間に好き嫌いを言わず、出されたものは全て食べなければならないと言いました。これを言われた私は食べることに恐怖を覚えたのです。それからというもの給食の時間が怖いのです

 

まだよく知らないクラスメイトにどんなふうに思われるのか、恥をかきたくないなどと思うともうパニックでした。

 

そのうちに学校に行くのが辛くなりました。朝起きると吐き気と戦いながら登校し給食がある事が地獄でした。登校拒否になりかけた時、親が様子がおかしい事に気がつき、その旨を担任に伝えて、少なめに給食をよそるなどして対応してくれることとなり、どうにかやり過ごせるようになりました。

 

しかしこの事が後々、私のトラウマになっていったのです。

 

高校生になりお弁当を持参する生活になりました。ある日から席の後ろの生徒にちょっかいを受けるようになり、それがいじめへと移行して行きました。

 

そんなある日、昼時の弁当を食べて午後の授業中にいつものように後ろの生徒からちょっかいを受けた時に、突然強い吐き気に襲われて戻しそうになる気持ちをどうにか抑えて授業中に先生に申し出て保健室に行きました。そして早退させてもらったのです。

 

そして次の日、当然のように食事を終えて午後の授業中また、吐き気に襲われて、ここで失態を晒したらクラスメートになんと思われるかと言う思いが不安を煽り恐怖となって現れました。

 

そして保健室、早退へと。次の日から朝起きると吐き気との戦いで電車に乗っている最中も、駅から学校に向かう道のりも吐き気と言われのない不安との戦いで、学校に着くと教室にいることさえ出来ず、保健室に行きそして早退、そのうちに学校をに着くなり保健室に直行する生活が続きました

 

その後席替えへクラス替えなどにより環境が変わり高校生活をやり過ごしました。

 

しかし大学に行っても食に対するこだわりがいつもでも付きまといました。卒業も間近になり就職先も決まったころ学生時代にはどうにか自由が利くためやり過ごせた食事ですが、就職するとなるとそうもいかないと思い悩んでいたころ、通学途中の電車の中で吐き気に襲われて電車を降りました。

 

その日を境に徐々に外に出ることもままならないような状態になって引きこもるようになって行きました。もちろん就職も取りやめになりました。それからは死にたいと言う考えが頭をもたげてきました。

 

死にたい。気がつかないうちにカミソリを握り血が流れていることも

引きこもりが続いて表に出るだけで恐怖と吐き気が続きパニックになって部屋で落ち込む時間が長く続きました。

 

その頃、理解を得られる人もなく自分でも何故このような気持ちに支配されているかも理解できない頃、死にたい思いに駆られ、カミソリで手首を切るとか首を吊るとか、ビルから飛び降りとか考える時間が日に日に増していきました。

 

自分では気がつかないうちにカミソリを握りしめ手のひらから血が流れていることもありました。その頃、新聞で催眠療法という治療があることを知り、治療を受けることにしましたが結果は何も得られませんでした。

 

あの時の私は精神科に通うひとは特別な人だと思っていましたので選択の中にはありませんでした。

 

全てのことに興味を失い、毎日自分の全てを否定

死にたいと思うと何を考えるか?

 

死にたいと思うと全てのことに興味を失いました。テレビも本も音楽も映画も世の中の出来事も全てに興味が湧きませんでした。

 

そして毎日、自分の全てを否定しました。存在や過去や未来や思考など全てです。

 

朝起きるのが辛く、夜はなかなか寝付けませんでした。自分と向き合う時間がたっぷりあるので自問自答を繰り返し、答えの出ないことを無限ループのように考えては死にたいという思いに行き着いてしまっていました。

 

ネガティブなことばかり考えてハルマゲドンや天変地異が起きて全て世界の終わりが来たらどんなに気持ちが楽になれるものかと自分勝手なことを思ったりもしました。

 

空を見ているだけで涙が出たり、蟻が働いている姿を見て涙が溢れたりしました。

 

自分だけがこの世の中の落ちこぼれで必要の無い価値のないもののようだと考えました。自分以外の全ての人が幸せそうに見えて自分が不幸で悲劇のヒロインのような気持ちでした。

 

本当に楽に自分が消えて無くなる方法はなんなのかをいつも考えている状態が続きました。

 

しかし、いままで育ててくれた親のことなどを思うとこんなくだらない事で命を投げたそうとしている馬鹿なことしか考えられない自分が情けなくて惨めでどうしようもなく悲しくなりました。

 

死にたいと思っても生きる理由

死にたいと思ってもなぜ生きるのか?私はひとりっ子でしたので、私が死んだら親はどんなにか苦しい思いをするだろうかと考えました。どんな子供でも親にとっては唯一無二の存在です。

 

きこもりを続けている中で学生時代にバイト先で知り合ったいまの妻から連絡があり、自分がのいまの状況などを話すようになりました。

 

このまま自分の中に閉じこもり引きこもりを続けていても何の解決策も見出すことができないので思い切って働くことにしました

 

もちろんすんなりと働けた訳ではありません。辛い時は早退もよくしましたが、それでもリハビリのつもりで働き続け、結婚をすることになりました。

 

自分のこともままならないのに結婚なんてと思いましたが、そこには自分を変えられるきっかけを見いだせるかもしれないという打算もあり、自分で自分を変えられないのであればと半ばどうにでもなれ状態でした。

 

しかし結婚しても自分を変えられませんでした。

 

漠然と死にたいと思うことがまた続いていました。そのうちに子供が生まれました。

 

自分ばかりに向かっていた思考が子供のためにというか思考に少し代わりに始めた頃、自分の親に対しても、自分の子供に対しても死を選んではならないとら思うようになりました。

 

自ら死を選ぶのはこの世に生を受けた以上ルール違反

なぜ生かされているのかは死ぬまでわからないと思います。死んでもわかないかもしれません。しかし、この世に、この時代に生まれて来たことは偶然でもあり奇跡でもあると思います。

 

戦時中に生まれて若くして戦死しなければならない時代でもないし、疫病や飢饉に苦しんで死ななくてはいけない時代でもありません。

 

自ら死を選ばなくても、いずれ誰にも死は訪れます。お迎えが来るまではどんな形でも生きている意味があるのだと思います。誰にでも生きている意味があるのだと、

 

動物のことは詳しくありませんが、自殺をするのは人間だけだと聞いたことがあります。自ら死を選ぶのはこの世に生を受けた以上ルール違反なのではないのかと思います。

 

確かに死にたいと思う時は誰にでもあると思います。

 

パワハラ、セクハラ、借金、恋愛、倒産、DVなどなど数え上げれば切りがない程、幾らでも苦しみと悩みはあります。しかしその悩みや苦しみがそのまま永遠に留まることなどないのです、

 

時間の流れが少なからずとも苦しみや悩みを死にたいと思う気持ちを変えていきます。自分の思考も歳と共に変わります。だから生きてこそだと思います。

 

いまがどんなに辛くてもです。自ら死を選ばないでください。

 

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