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死にたい

うつ病で、死にたいと思う日々。なぜいじめを受けたのか、後悔の念のループに…

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私は今でも忘れはしませんが、中学校2年生の秋に一般的にいう不良グループと呼ばれる人からいじめを受けました。

 

最初は体育館裏に連れられ思いっきりお腹を殴られました。

 

そのくらいはまだ良かったのですが、自宅に度々電話がかかってきて、お金を取られるようになりました。何回かにわけ、総額10万はとられたと思います。

 

また、それで済むかと思っていたのですが、下駄箱にゴミを入れられたり、机には「殺す」とか書かれたり、完全にメンタルをやられてしまいました。

 

当時仲良かった友達とも、巻き込まれたりされるのも嫌でしたし、なんかお前いじめられてない?と思われるのも嫌だったので距離を置きました。

 

それから今現在に至るまで友達らしい友達はいません。

 

また、トイレに連れて行かれて殴られたり、人前で罵声をうけたり酷いものでした。

 

それからというもの、人と接触するのを極力さける人生を歩んできました。人の迷惑にはなりたくないという気持ちが強く、その反面人とうまくやっていきたいというジレンマを抱えながらもう40近い年になりました。

 

本当に何回も自殺を考えました。今の生きている意味がわからなくなることが度々あります。人は人なしでは生きられないのも十分わかっています。

 

本当は人が好きなのに、対面がとても苦手になってしまいました。

 

死にたいより、生きるためにどうするかという本能が働いた

とにかく死にたいという気持ちはあったのですが、心の痛みはずっと自分の奥底にしまったまま生きてきました。

 

死にたいというより、生きるためにはどうすればよいかという本能レベルの危険察知能力が働いたというべきか、人を避けるようになりました。

 

高校時代も仲良くしてくれた人はいますが、どうせいつか裏切るんだろう、とか影では悪口を言ってるんだろとか相手との距離感を伺う日々が始まりました。

 

いじめを受ける前は、かっこつけている人や見栄で生きている人でも受け入れていましたが、今では拒否反応しか示しません。

 

他人を思いやる気持ちや一生懸命生きている人たちと一緒にいたいという思いが強くなりました。しかしながら、そういう人達といれるような環境ではありませんでした。

 

環境とは自分で作るものかも知れませんが、閉鎖的な田舎の学校でしたので恵まれなかったのかも知れませんし、そもそも中学でいじめを受け精神がぼろぼろでしたので前向きに心を開くということができませんでした。

 

今でさえ心を開ける人間は一人もいません。

 

一人でもいたら気持ち的にも楽なのになと思います。環境を変えると良いともいいますが、どう環境を変えればいいのかわかりません。

 

うつ病と負の感情のループ

そういった背景もあり私は社会になじめず、社会人になり、うつ病にかかってしまいました。入社して2年目。それから休職して約3年。

 

本当に地獄でした。

 

精神科にいって薬をもらって服用していたものの日に日に悪化し、涙も止まらない日々が続き、死にたいの毎日でした。

 

実家に帰っていたから良かったものの、そうでなければ死んでいたと思います。将来の明るい未来どころか、自分の人生を恨む毎日でした。

 

原因はわかっています。

 

なぜいじめを受けたのか、なぜ人とうまくできないのか、どうやったら友達ができるのか毎日考えていました。ただ、考えるばかりだとうつ病はひどくなります。

 

もともとまじめな性格もあり日に日にその後悔の念のループに押しつぶされそうになりました。今はうつ病はだいぶ改善してきましたが、その負のループのサイクルに入らないよう気をつけるばかりです。

 

時に当時の嫌な想いが時にフラッシュバックされ、こうやって書いている間も当時のイメージが蘇るようで非常につらいです。

 

当時いじめを受けなければ、もっと楽しい人生、違う人生が送れていたと思うと悔しくて仕方ありません。

 

当時の自分を振り返ったとしても学生生活からは逃げれませんし、本当に監獄にいたような気持ちしかありません。

見えないゴールに向かって

なぜ生きるのか、親のためなのか自分のためなのか。一時期本当に生きるという意味がわからなかったです。

 

生きる、つまり人生は谷あり山ありといいますが、自分はくるかもしれない見えない山の頂を目指して生きているのかもしれません。

 

ただ、今の自分に対してもそうですが、誰かのために生きたい、誰かに喜んで貰いたい、それが最終的に自分の精神面にプラスに作用するのではないかと考えています。

 

自分が幸せに思う瞬間は、自分のアクションによって他人が笑ったり、ありがとうといってもらったり、共感してもらったりたわいもない瞬間だったり。

 

人生一回しかないですから、死ぬ瞬間に、つらいことがいっぱいあったけど、誰かを幸せにできたな、とかいい人にめぐり会えたなとかという充足感に包まれたら本望です。

 

正直お金なんか物質的なものよりも、目に見えない精神的なもののほうがはるかに自分にとっては大事です。お金がなくても幸せな家庭もいっぱいあるはずです。

 

今の日本には心の豊かさを見出せる環境が多くはないかも知れません。

 

ただし、お金が心の余裕につながるのは明白で、お金持ちにはうつ病はいないといわれています。人間とは不思議な生き物だと常々感じます。

 

死にたいと思っても死なないのは親に感謝しているから

ひとつだけいえることがあります。

 

私が死なない理由。死んでもいじめをした人は普通に生きますし、死ぬことによって悲しむ人、つまり私にとっては親がいます。他者に負の感情、悲しみの感情を与えるだけだと思います。

 

私が死ぬことでいじめを受けた人は喜びますか、悲しみますか。

 

私にはわかりませんが、その人のために死ぬようなものです。馬鹿みたいです。世の中、日本人は1億人以上いるというのに、たった一人が自分に対し与えた影響で死ぬなんで弱すぎます。

 

もちろん大人になり、自分で人生を選択できる立場になったから言えることですが、当時の幼い自分にはそれはわからなかったことです。

 

そして、親に対して苦労して育ててもらって死で返すなど魂が喜びませんし、感謝の気持ちを絶対に忘れたくないからです。

 

こんな自分でも大切にしてくれる人に死で返すなど私にはできません。

 

親にも愛されないで育った人に比べれば恵まれていることを知っています。親にも愛されず、いじめを受け、社会からも追放されたらさすがに私でも死を選びます。

 

社会は人に感謝し、人に感謝の気持ちで返すことで成り立っていると思います。ITの導入によって人の介入を排除しがちな現代社会はますます世の中を希薄なものにすると感じています。

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