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自殺防止

転売にのめり込み200万円の借金…年金ぐらしの母に言えず、寝床で震えたことも

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私がネットビジネスに手を出したのは、2011年頃のことです。

 

そのころはヤフオク転売が儲かるという情報がネットにあふれていてサラリーマンが副業でやるのにちょうどいいとう触れ込みでした。

 

確かにブックオフや、近所のマンガ倉庫という中古のなんでも屋で購入したアンティークなおもちゃなどが高値で売れたりしていました。

 

当時は工場勤めで昇給もほとんど期待できない状態でしたので何か給料の足しになるようなものがないかと探していたところだったので、まさにグッドタイミングという感じでのめり込んでいきました。

 

ヤフオクで出品すれば多少なりとも利益が出るという経験をして、自分の力でお金を生み出すという喜びを感じ始めたのもそのころのことです。

 

これはもっと腰を据えてやれば給料を超えるなんてこともないことはないぞという気持ちになって情報商材というものを初めて購入しました。

 

当時、有名だった方の転売マニュアルで海外のeBayというオークションサイトで購入して、それを輸入してヤフオクで売るという手法です。

 

まだ円高だったので少しの差益でも結構な利益が出た覚えがあります。教材に書いてあったレゴブロックや珍しいところでは搾乳器というものを何度も購入していたのを覚えています。

 

クレジットカードも大金を使って、大金を返済しての繰り返しだったので、どんどん枠が増えていき最終的には200万円くらいになっていました。

 

失敗の元は、元来数字に無頓着でどんぶり勘定しかしていなかったので不良在庫がたまるに連れて返済が苦しくなりカードを何枚か追加して作り、それが多重債務の始まりでした。

多重債務者になってしまい、弁護士に相談する

妻にも景気の良いことばかり言っていたので、資金繰りが苦しくなったこともとてもじゃないけど言えなかったです。

 

カードの枠もいっぱいになり、新しいカードを作ることもできず策が尽きたという感じになりました。

 

父親は早くに他界して年金ぐらしの母に言うわけにもいかず、もうどうしていいのか分からず寝床で震えたこともあります。

 

勤め先のパチンコぐるいの同僚の休憩中のセリフで、負けて帰るときに運転中、このまま反対車線にハンドルを切れば楽になれるかなって思うことがあるよというのを聴いて、そのときは馬鹿じゃなかろうかと思っていましたが、自分がどうしようもない立場に立ってみると、そういうのもありかもなと考えるようなこともありました。

 

さすがに人様に迷惑を掛けることはできないので、自分だけが居なくなる方法はないかなとふと思ったりしました。でも恐怖の方が先に立って、とてもじゃないけど実行する勇気はありませんでした。

 

当時読んでいたマンガ、『闇金ウシジマくん』にもかなりリアルに金で首が回らなくなる人達の様子が描いてあって、まさに今自分がそういう状態なので、のめり込んで読んでいました。

 

しかし、一方で『ザ・シークレット』という本も読んでいて、常に楽観的でいようと自分を鼓舞する部分もあったのです。

 

そんなときにテレビCMで有名な法律事務所が過払い金の相談に私が住んでいる地方都市まで来るということがありました。

 

毎日暗澹とした気持ちで過ごしていたので、これってもしかして引き寄せなのかなと思い、相談会に行くことにしたのです。

死にたいが怖くてできない、蒸発を考えた

死ぬという選択は怖くてできない、ならば、探さないでくださいという書き置きを残して蒸発してしまえばどうか?

 

しかしそこでも当時読んだマンガ『星守る犬』という、西田敏行さん主演で映画にもなった作品を読んでいました。

 

こんなみじめな死に方は悲しすぎるという思いから、蒸発という選択肢も消えました。法律事務所のドサ回り?相談会が近所の公民館で開催されたのが、ちょうどその頃だったのです。

 

間の悪いというか何というか、その公民館というのが妻の勤め先のすぐそばにありました。

 

債務整理という言葉をネットで調べていたので何とか家族に内密に処理できそうだと思っていたのでコンビニでマスクを購入して知り合いに見られないかビクビクしながら相談会に向かったのを覚えています。

 

公民館に着くと、法律事務所の見習いみたいな人が応対してくれて思っていたよりも明るくというか事務的に対応してくれました。

 

考えてみればそうですね。

 

こっちは思い悩んで、毎日脂汗が出るような思いだったけど事務所の人から見れば次々に現れてくる一案件に過ぎないのですからね。

 

20分くらい状況を説明した後に、その事務員よりかなり若い弁護士先生が奥から現れました。軽く挨拶をした後契約書にサインをして事が終わりました。

 

その日から5年間かけて、毎月7万円の返済(弁護士事務所に払う立替金)が始まりました。

 

債務整理をして利子などを圧縮してくれたのでかなり額は減ったものの、毎月7万円を捻出するのはかなりきつかったです。

子供に必要とされ、生きている価値があると思えるように

もしかしたら私の場合は「死にたい」という気持ちが、そこまで本物ではなかったのかもしれません。

 

気が弱くて実行できないということをあったかもしれませんが、性格的に楽観的で深く考えなかったことが幸いしていました。

 

逆に言うと、その適当さが転売ビジネスの失敗につながったのだろうと今では反省していますが。

 

それでも自分の気持ちを後押ししてくれたのは妻や子供の笑顔だったのだろうと今でも思っています。

 

大げさじゃなく私が暗黒の道に進まないように進まないように、支えてくれていたのだろうと思えます。

 

仕事帰りに保育園にお迎えに行ったときにも、優しいお父さんで自分は本当に嬉しい!とか大好きだとか言ってくれるのを聴くと運転しながら涙が出てきたこともあるのです。

 

こんなどうしようもない自分を必要としてくれる人がいるのだから、生きている価値はまだあるのだなと実感させてくれました。

 

子供というものは何も考えていないようで実は親の状況を全部分かっていて、そのうえでの発言なのじゃないかと思えるようなこともあります。

 

話は逸れるかもしれませんが、生前記憶というものがあるというのを聞いたことがあります。

 

妻が長女(3歳)と一緒に風呂に入っていたときに自分は前のお父さんから風呂に沈められたと言っていたそうです。

 

また、私がビールを飲んだらすごく不安な嫌な顔をするのです。(せいぜい1缶くらいしか飲まないし、毎日飲むわけではありません)。

 

『千と千尋の神隠し』の中の豚になった両親がムチで打たれているシーンを異常に怖がります。

 

現在では娘も10歳になり、そんなそぶりはまったくなく覚えてもない感じですが、あのときはどこか神的なものを感じました。

死にたいと思ってもいい波は必ず来ると信じよう

私の場合は借金という、頑張れば乗り越えられる悩みだったので偉そうなことは言えないような気がします。

 

世の中には不治の病に苦しんでいる人や、介護疲れで何もかも投げ出しそうな人もいるでしょう。

 

昔、欽ちゃんファミリーで活躍していた清水由貴子さんが亡くなったときはショックでした。

 

あんなに明るく振る舞っていたのに人生の終わりがそんなことなんて。誰も助けてあげられなかったのかとも思いました。

 

月並みな言葉かもしれませんが、人生というものは上がったり下がったりの連続だと、この歳になって思います。

 

今は少しは落ち着いていますが、良いときに比べれば波が下がっている状態だと思います。それでも全然平気なのは、また上がるときが来ることを確信しているからじゃないかと思うのです。

 

重い病気、障害で悩んでいる人から見れば金の悩みでウジウジしている私なんか、まだマシだと思えるのと同じように今現在、死にたいと思っている人も、もっとひどい状態で今を生きている人もいるということを想像してみてはどうでしょうか。

 

そのことによって自分は恵まれている、幸せだという感情が湧いてくればしめたものだと思うのです。

 

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