生きづらい方の働き方を教えます。

800本以上、300時間以上の動画を無料で公開中

 

 

死にたい

死に方を探す小学生、親の喧嘩や古い価値観の押し付けと締め付けで死にたいと

投稿日:2018年9月8日 更新日:

 僕には姉と妹がいます。男は僕だけ。長男です。何かと言うと長男なんだから…そんなふうに小さな時から言われ続けていました。

 

父親は自営業をしています。僕が小さな時に独立し、母親と一緒にやり今でも健全な経営をしているようです。世の動きでやはり経営にら波があったようでよく夫婦喧嘩をしていました。僕の態度だとか成績だとかで母親に怒鳴り散らしていました。

 

僕には直接いいません。母親からこう言っていたよ。と、言われていました。僕に腹を立てた父親は母親にいい、そのまま僕に言う…もう不信感しかありませんでした。親の顔色を見るようになりました。家に居るのが苦痛でした。

 

長男の宿命みたいなもので、家や家業を継げと…一応、継ぎました…常に近くに居て、顔色を伺いながら喧嘩をする姿を見続けていました。毎日が長ーくて眠れず長い夜の日々。

 

僕の精神は崩壊しました。いつのまにか死に方を考えました。苦しまない死に方はないかと。答えは出ませんでした。死ぬ勇気がなかったんでしょう。

 

僕の選択は継ぐことしかなかった。毎日我慢の日々。それを見兼ねた僕のおじさんから精神科を紹介されて行くことになり鬱病と診断されました。

 

ショックでした。更に死にたくなりました。家業をせずにただ家に引きこもる生活になってしまいました。将来が不安になりこのまま生きていくことが嫌になっていました。

 

別の生活をすれば生きていけそうな気がして家を出て一人暮らしをして別の職につきました。親と会うことがないのが幸せでした。金銭的に大変でしたが生きていく扉を開くことができたと思いました。

 

僕は一回死んだ。死にたいと思う僕は死んだんです。新たな命が幸せになるようにしていきます。今は親とは一定距離を保ちながら別々に暮らしています。幸せになります。

 

生きたい気持ちと死にたい気持ちが入り混じる

死にたいと思うようになる前に僕はこう思うようになりました。

 

なぜ生きてるんだろう

何の為に生きてるんだろう

なぜ生まれてきたのだろう

 

と小学生の低学年の頃に思うようになりました。

 

親の喧嘩や古い価値観の押し付けで締め付けられ続きました。僕なんか、いない方がいいと思い始めてた。死んだら夫婦喧嘩を見なくて済むし縛られることがなくなる。

 

そしたら楽になれる。そう思い始めました。

 

死にたい

浴槽の中で寝る?

死にたい

首吊り?

死にたい

睡眠薬多量摂取?

死にたい

練炭自殺?

死にたい

包丁で手首を切る?

死にたい

雪山で凍死?

死にたい

死にたい しにたい 死にたい シニタイ

死にたい

けど、苦しみたいない

死にたい

けど、痛い思いをしたくない…

死にたい

安楽死?

安楽死。

 

死ぬ方法を探すようなりました。楽に、苦しまずに死ぬ方法を知りたくなりました。当時は自宅にパソコンや携帯、スマホがなかったのでテレビや友人達との会話で探すことしか方法がなかった。

 

死に方を探す小学生でした。死にたいのに臆病者で何もできないまま大きくなりました。

 

今では外出先でもスマホを使えばネットに繋がる。グーグルで死に方、安楽死などで検索します。今でもたまに見てしまいます。

 

生きたい気持ちと死にたい気持ちの混ざり合ってる感情になっています。

 

結局、死ねませんでした。生きる意味を自分で見つめなおしてみました。産まれた時、親や周りが決めた僕の人生は自分自身で決めたのではない。自分が決めればいい。そうじゃなければ、生きる意味がないと思った。僕の生きる意味は産まれた時はなかった。

 

生きる意味は「夢を叶える」これに行き着きました。

 

死にたいと考えて、死に方の模索はしたものの死ねませんでした。やっと答えが出てきたような感じがします。死のうと考え少しの行動が僕が産まれてきた意味を理解できたと思います。

 

本当に死ななくて良かった。

 

なぜ死にたいのか自問自答する

死にたい。それは割に合う行動なんでしょうか?

 

命を絶つと言う意味では割に合う行動ではない。死にたいと思う精神をなくす意味での死にたいならいいと思う。自分なりに出している答えです。

 

今現在の答えです。以前からそう考えていたわけではなく、違う考えから答えを出していました。

 

家族関係、学生生活、職場、人と関わり合わなくてはいけない自分の立ち位置がわからない。自分の意見を言えば「何を言っているんだぁ?そんなことできるわけないだろう」と、バカにされていました。皆の意見に合わせることがよしとなっていました。つまらないです。

 

僕なんかいなくていいんじゃない…僕なんか死んでもいいんじゃない…何かあればこんなことばかり考えていました。

 

今は思考内容が変わりました。今でも死にたいと思うことはあります。死にたいと思った時、自問自答してみるようになりました。

 

死にたいのはなぜ?

 

あの人は言ったこと理解もせず反論してバカにする。そして、皆でグルになり僕をターゲットにする。と考えます。

 

次にこの人の人物像を僕自身が頭の中で作っていたことに気づきます。とても理想の高い人の人物像です。減点方式に判断して関わり合っていました。加点方式に考えてみるとなんとなく楽です。

 

僕もそうされてきてイラついています。やられたらやり返す、言われたら言い返す。これでは平行線をたどるたけ。

 

死にたいと思い死ねば全てが終わり。苦しまずに死ねたら楽。生きていたら辛い。でも、幸せなこともある。幸せだと思えることを増やせればいい。小さな小さな幸せでも増えれば大きな幸せになる。

 

鬱病になり、そんな僕を察した近所のおじちゃんが「一番していけないことはなんだかわかるか⁉︎」と優しい顔で言いました。「人を殺すことですよね」と返しました。

 

「違うんだよ」、「一番してはいけないことは…」、「自分で命を絶つこと」このおじちゃんは命の恩人です。

死にたいと考えてしまった時、思い出しています。

 

バンドをしていたことが生きがい

僕は死にたいと思ってました。鬱病になりました。家族とはあまり関わりたくありませんでした。消えて無くなりたかった。

 

それでも今、生きているんです。毎日死にたいと思っても一日中そう考える日ばかりではありませんでした。感情をうまくコントロールできず、何か気を紛らわそうと何か趣味を探していました。

 

テレビの歌番組でGLAYが出ていました。かっこいいなぁ。ギタリストのhisashiに憧れました。

 

そして中学一年の時、お年玉などでギターを買いました。どっぷりギターにのめり込み、音楽に関わる時間は本当に楽しかった。

 

バンドブームが終わりかかっていたこともあり周りの友達はヒップホップなどを聴く人が多かった。それもありバンドを組みたくてもメンバーが集まりませんでした。やっと組んだのが高校二年生後半でした。

 

その頃、GLAYではなくパンクロックにハマっていたこともありバンドの方向性はうるさ目です。コピーバンドからのスタート。ライブスタート…客入りすくなぁぁー…かなり落ち込みました。

 

でもステージでは目立ちたいし、オーディエンスと盛り上がりたいいつかそうなれるように頑張りました。

 

5人から10人 たまに40人そんな感じでした。

 

コピー曲を少しずつなくしオリジナルの曲を増やしていきました。そうしたら少しずつ…少しずつ…少しずつ…見てくれる人が多くなっていったんです。

 

メンバーみんな楽しかった。ステージからダイブするファンもいた。ステージに立ってデカい音でオリジナルの曲を演奏して反応してもらえる‼︎すごい気持ちがいい‼︎200人の箱でしたが満員にできた時はすごかった。

 

ライブが終わり外に出ると、見てくれていた人たちから「かっこよかった」「またライブしてよ」言ってもらえた。

 

生意気言えば人の心動かせたかなぁ、笑顔にできたかなぁ、なぁんて思っていました。バンドをして辛く大変な時もありました。でも幸せでした。

 

嫌なことがあってもステージに立っていた自分を忘れていません。これが僕の生きがいです。

 

死ぬ勇気を別のエネルギーへ

僕は死にたかった。鬱病になりすべてのことが嫌になって死にたかった。大人達からの押し付けが嫌で自由を奪われてるような気がして死にたかった。

 

でも、やっぱり死ねなかった。たぶん、死にたくなかったんだと思うんです。僕が経験したことを振り返って、思い返した事を伝えたいと思います。

 

死にたい。と思ってしまう理由はたくさんあると思います。そんな状態であれこれプラスに考えていく事は無理なのかもしれません。そんな時は、逃げてください。

 

そうすると選択肢[逃げる]が増えます。僕が死にたいと思っていた時は、選択肢が一つしかありませんでした。だから、目の前の嫌な現実を選択するようにしかなれませんでした

 

逃げていいんです。僕は親から逃げました。学校が嫌なら辞めていいし、職場が嫌なら辞めていい。

 

死を選んで幸せになれません。幸せになれる選択を増やすために逃げましょう。人間は死んでコンテニューする事はできない。僕は今、幸せです。

 

勇気がいりましたが、ありがとうを言うようにしました。そうしたら、幸せな気分になりました。幸せな気分になったら、「ありがとう」と僕に言う人が増えました。

 

嬉しいです。僕を必要としてくれる人いました。僕の現実を変えるのは逃げたことからの始まりです。死にたいの選択肢を消せなくても、他の選択肢を増やして下さい。

 

僕は笑顔を見たい。笑顔でいたい。自分の人生を他人の為に生きていたら後悔します。自分の為に生きて行くべきです。僕はそうできるようになりました。

 

まだ他人の為に生きている部分はあると思うけれど他人に答えを求めないようになった。不安であればあるほど答えを出したくなる。自分で出す答えは不安の象徴じゃなく「生きる」ということだと思います。

 

世界は広い。みんなと会って情報交換したいと思うようになりました。

 

21世紀の在宅ビジネスを800本以上、300時間の動画で解説しています。

うつ病が蔓延しています。50代、60代になっても健康に生きたいと思いませんか?次世代の働き方を300時間以上の動画を使い無料で教えます。

 

-死にたい

Copyright© 死にたい人が生きたくなるブログ , 2019 All Rights Reserved.