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死にたい

死にたい…髪の毛が薄いことが大きな悩み。忘年会で課長が隠していた薄毛を暴露

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私の大きな悩みは、昔から髪の毛が薄いことです。

 

なんだそんなことかよ、と感じる人も多いと思いますが、これまでの人生を振り返ると、私にとっては人生を左右してきたほどの大きなハンデでした。そして正直に言うと、こんな悩みでも、死にたいと思った出来事がありました。

 

私は、性格的にも極端な臆病者なため、普通の人なら気にしないような、細かい周りの反応が気になってしまうのです。

 

薄毛の家系に生まれたためか、まだ中学生の坊主頭の頃から、毛穴の数自体が少ないために、「将来絶対にハゲる」とからかわれてきました。思春期を迎え、同級生がお洒落をしていろんな髪型を楽しんでいる最中、私はいつも同じ髪型しかできません。

 

風が強い日や、雨の日が極端に嫌で、特に後ろから風に吹かれると、なるべく横を向きながら歩いたり、いつも携帯用の櫛を持ち歩いて、トイレに駆け込んで髪を後ろに流すようにとかしていました。

 

高校は電車通学でしたが、いくら席が空いていても前に立たれるのが嫌なため、決して座らず、いつも出口近くに立っていました。映画館では一番後ろの席に座り、早く照明が落ちないかなど、普通の人が考えもしないようなことが気になり、ストレスを感じていました。

 

何回も薄毛を指摘されていると、あ、今指摘される、というタイミングさえも分かってきます。ニヤニヤしながら近寄ってきて「あれ?◯◯の親父ってハゲてる?」と聞かれることも多かったですね。

 

高校の頃のあだ名はオヤジです。後ろから見ると40歳に見えると言われていました。

 

学校では全体で集まったりする行事が嫌でしたが、特に両親が学校に来る授業参観日、卒業式などストレスになり、父親には絶対に来ないでほしいとお願いしていました。父には本当に申し訳ないと思っていますが、知り合いには絶対に会わせたくなかったのです。

 

そんな青春時代を過ごした私は、内向的で、女性に対しても積極的になれない性格となっていきました。学校を卒業した私は社会人となり、会社に就職しても、やはり入社早々に髪の毛を指摘されていました。それでも何とか髪を伸ばして後ろに流すことで、後頭部を隠していました。

 

私の場合、会社で受けるストレスに加えて、他の人が感じないようなストレスを余計に受けていましたので、毎日が本当に辛かったです。

 

そして、入社4年目の忘年会の日のことです。私にとっては最悪の、大きな事件が起きてしまいました。

 

酔った課長が席を立って私の背後に来たときに嫌な予感がしましたその予感は的中して、課長が「おい!コイツの頭見てみろ!」と言いながらみんなを呼んで、私の後ろ髪を掴んで上に持ち上げるようにして、薄くなっている部分を見せびらかしたのです。

 

課長の呼びかけに、後ろに見に集まってきた女性達の話し声が聞こえます。堪え難い屈辱的な時間でした。これまで必死に隠す努力をしてきたことを暴露されても、その場はヘラヘラと笑みを浮かべていましたが、トイレに立った後、自分の席に戻らずそのまま逃げて帰りました。

 

帰りの車の運転では涙が溢れて途中で運転も困難になり、しばらく停車していました。その行為をした課長に対する怒りと、自分が情けない気持ちで一杯でした。

 

週明けには、逃げ出してきた会社にまたこれからもずっと出勤しなければならないことを考えると、このまま死ぬしかないなどと考えてしまいました。会社はそれが大きな原因となり辞めてしまいましたが、それ以来、働く場所を決める際には、少人数で若い人の少ない場所を選択する傾向が強くなりました。

 

これまで職を転々としましたが、現在の職場もやはり、少人数で、かつ、若い人の少ない落ち着いた職場です。もしも私が普通の人と同じ頭髪の状況で生まれてきていたら、人生をもっと前向きに、積極的に自分の限界にチャレンジしたり、東京に憧れて田舎を出たり、若いうちに男女でもっと楽しく遊んだりしていたと思います。

 

そんな誰もが通過する青春を、ほとんど経験してこなかったので、薄毛は私にとってはかなり大きな影響を受けた身体的特徴であると言えます。

 

今私は40代となりましたが、だからと言って全く気にしなくなったわけでもなく、育毛剤の飲み薬を毎日飲んでいます。私は臆病者で心も弱いです。堂々と自分の本当の頭を人前でさらす勇気はありません。もしも薬を飲んでいなければ、今の私はとっくに両サイドだけを残して全て無くなっていると思います。

 

出勤しなければと思うと死にたい気持ちに

私の場合には、死ぬために実際に行動に移したわけではないので良かったのですが、行動というと、私はいろんな場所をフラフラとドライブしました。もう会社には恥ずかしくて戻ることは絶対にできないと思っていましたし、何度もあの堪え難い情景が浮かんできます。

 

そして週明けにまた出勤しなければならないと思うと、恐怖を感じて死ぬしかないかと考えていました。運転しながら思ったのは、「このままブレーキ踏まなかったら死ねるか」などと考えていたように思います。

 

今から20年近く前の出来事でしたので、当時はスマホはなく、情報を得ることができません。もしスマホの時代なら、行動をするために、死に方や場所を検索したりしたと思います。

 

あてもなく運転していた私は、なぜか父方のお墓に行ってしまいました。夜にお墓に行くなんて、怖がりの私には今でも絶対にできませんが、その日は怖いと思わなかったのか、一番上の方にある先祖のお墓まで暗い中でも行くことができ、何かをお願いするまでもなく、手を合わせてきたのです。そして、道端に寝転がり空をボーッと見上げていました。

 

しばらくして辺りが明るくなってきた頃、とりあえず家に帰ろうかと思い、そこを後にしました。田舎でしたので、通報もされず、道に寝転んでも大丈夫でしたが、そんな経験があります。

 

身近な人が自殺

私の場合には、実際に死にたいと思った時間が短いですが、その時に感じていたことは、「もう終わりだ、全てが嫌だ、苦しい、怖い、早く楽になりたい」という気持ちです。

 

これが心の奥から湧き上がってきます。

 

でも私は、子供の頃から不思議な話や霊の話を信じていましたので、『自ら命を絶ってしまった場合には、その時の辛さ痛さが永遠に続く』とか『成仏できなくて、永遠に彷徨って苦しみ続ける』という知識をどこかで聞いたことがありました。

 

それが一歩を踏み出さなかった大きな要因だと思います。

 

親に関しては、悲しませるだろうとは思いましたが、そんなに深くは考えていなかったと思います。むしろ、親に対しては、こんな風に産んだことを復讐できるなどという思いもあるほどでした。

 

死にたい気持ちになると、どうやって死ぬか?場所はどうするのかなどを考えると思います。

 

今までの人生の中で、知り合いが2人自殺しています。一人は同級生で、もう一人は会社の同僚でいつも話をしていた人です。両方とも死の数日前に、普通に会話していますが、孤独感があったようです。

 

私は肉体労働で拘束時間も長い会社にいましたので疲れているとおもうのですが、彼は会社が終わっても、家に帰りたくない様子でした。仕事帰りにはコンビニに立ち寄ってから、フラフラとドライブすることが多かったようです。

 

生きがいはこども。もう死にたいと思わない

私の場合には、松田さんの元に集う、生まれつきの難病などの深刻な状況に置かれている人と比べて、薄毛というのは、死ぬほどまでは行かない大したことない理由だとは思います。

 

また、死にたいと思った期間は短く、いつもは辛さや苦しみを感じているだけで、ずっと生きることへの欲求が優ってきたのだと思います。本当に数日間の思いだけでしたので、今では薄毛の悩みで死ぬかというと、それはありえないと思います。

 

また、自分の子供も生まれましたので、それが私の生きがいとなっていますから、もう余程のことがない限り、死にたいとは思わないのではないかと思っています。

 

しかし耐えられるような酷い状況かどうかは相対的で、人それぞれです。

 

ですから今の私が、もしもこれから自殺するとしたら、ありえる状況とはどんなものかと考えてみました。

 

すると例えば、車の運転を誤り、歩いている子供の列など、大切な若い命を奪ってしまった、などという状況におかれた場合には、そうなってしまうかもしれません。と言うことは、いくら精神的な大人になっても、これから死にたくなることが絶対にやって来なくなることは無いのだと思いました。

 

死にたいと思っている時には、この状況から逃げられないなどの、冷静な判断力を失っていることが多いのですが、振り返ってみると学校や会社を辞めるなど、いくらでも逃げ道はあったのだと思いました。

 

でもその時にはもう逃げられない、全てが終わりだと感じて、自ら命を絶ってしまうのだと思います。生きがいを見つけては挫折して死にたくなったり、それをずっと繰り返していくのが人生なのかもしれません。

 

辛いことも必要だった、今なら思えるように

当時の自分を振り返ってみると、とんでもない行動をしてきた課長に対する怒りや、女子社員に笑われた自分の情けなさなど、もう全てが終わりだと感じていました。

 

そのような状況では、いくら慰めたり、頑張れなどと応援して何を言っても難しいと思います。

 

もしタイムマシンがあって、その日の苦しんでいる若い頃の自分に会えるなら、どんな話をするのかを考えてみまが、何も話すことは思い浮かばないのですが、風俗にでも連れて行くのが一番かもしれません。その瞬間は苦しみから逃れられますし、孤独感を感じているのを忘れることができると思います。

 

また、当時の私に理解できるかはわかりませんが、そんな小さな会社にしがみついている必要もなく、いつでも逃げても良いのだと教えると思います。

 

しかし、今振り返ってみると、当時の私では苦しくて耐えきれないことでも、全く同じ状況に置かれても今の私ならなんとか大丈夫だと思います。ということは、どんなに辛い出来事でも、成長のためには必要な事だったといえます。

 

課長に対する怒りや、もうダメだ死にたいと車であてもなく彷徨ったこと、先祖のお墓に行って道端で寝転がり朝まで過ごしたこと、家に帰ってから翌週の朝に出勤するまでの恐怖の時間など、これを経験したお陰で成長はできました。

 

人の痛みもわかるようになりましたので、私は決して人の身体的特徴を笑ったり、影で噂話をするようなことはなくなりました。

 

この辛い経験が成長に繋がってると思います。

 

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