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自殺防止

働くことを諦めた。酒やタバコに逃げ、彼女に泣き言を言い、お金を恵んでもらいます

投稿日:

松田様、初めまして。動画やメールいつも真剣に拝見させていただいております。

 

私は46歳の中年独身無職です。いわゆる「団塊世代ジュニア」と言われる世代ですが、バブル崩壊後の就職氷河期と言われた時代に初めて社会に出ました。

 

社会に出る前にIT系の専門学校に通っていましたが、勉強について行けず半年で中退しました。ITとはまったく関係のない製造業に何とか就職はできましたが、身体を悪くして退職しました。

 

復帰して再就職しましたが、仕事がイヤだ、人間関係のストレスなど、結局長く続けられた仕事というのは一つとしてなく、気が付けば転職ばかり繰り返して来ました。正社員、契約社員、派遣、アルバイト、パート、一通り経験しました。

 

元々内向的な性格で松田様と共通したところがあるように思いますが、飽きっぽい、長続きしない、根性がない、人間関係が苦手、夜勤など変則勤務があると体調を崩しやすい、アトピー持ちで水仕事、薬品を扱う仕事は皮膚がかゆくなったり荒れたりしてストレスになるなど、「生きるために働く」という面でことごとく失敗を繰り返してきました。

 

無職になって既に一年半経過していますが、一日一食、通帳の中には14万ほどしかなく、国民年金も払えていません。過去にどこで働いても納得できないことが多く、松田様が動画でおっしゃっていた通り、日本というのは殆どがブラックな職場ばかりです。

 

私はもう働くことを諦めました。今でもその思いは変わりません。

 

いつしか、もう死んでもいいやと思うようになりました。どうせ働いても、大した給料を貰えるわけでもなく、やりたくもないことを嫌々やって、ストレスを溜めて、挙げ句の果てに病気になるくらいなら、働いても働かなくても同じだと思うようになりました。

 

知人や他人にそれを話すと、「じゃあ、どうやって生活するんだ?働かずにどうやって飯を食うんだ?」と言われます。

 

別に死ぬだけです。他に何があるんですか?と私はいつも思います。働かなくて白い目で見られようが、他人にどう思われようが、全く関係ないと思うようになりました。

 

私は物心ついた頃から、「この世の真理」は一体どうなっているのか?それをずっと知りたいと思って生きて来ました。人の世の中がお金がなければ生きられないとしたら、お金がある人ばかりが良い暮らしをして、お金がない人は悲惨な暮らしを余儀なくされる。そんな世の中は絶対におかしいと思うようになりました。

 

資本主義も共産主義も、どっちもおかしいと思うようになりました。こういう悲惨な世の中を作ってきたのは人間です。そういう悲惨な世の中の枠の中でしか生きられないとしたら、死ぬほどの苦しみのためにわざわざ生まれて来たのでしょうか?

 

そんな人生まっぴら御免です。死んで楽になれるなら死にたいです。

 

日本には自殺が絶えませんが、だから自殺が減らないとも思っています。皆他人事、自己責任論で片付けます。愛がない、優しくない社会、思いやりのない社会、弱者には冷たい社会です。

 

私の内面には、このようなとてつもない憤りと落胆と、社会に対する反抗のような、変に入り交じった、言葉で表現しにくいようなものがいつも心の底に渦巻いています。

 

日本で言われる「自己責任論」で何でも片付けられるとしたら、現代の自殺も餓死も鬱病も致し方ないと自分でも思っていますが、現在追いつめられている自分の中には、そうは思いたくないという自分がいつも心のどこかにいるのです。

 

社会のせいにしているのかもしれません。自分は悪くないんだと思いたい自分がいるのかもしれません。大半の苦しんでいる人たちは皆そのような気持ちだと思います。

 

一生懸命生きてきたけれど、お金、ストレス、人間関係などに何故こんなに苦しまなければならないのかと、皆そう思っていると思います。私もその一人です。こんな世の中で生きなければならない理由が解りません。誰か教えてくださいと言いたいです。

 

松田様は動画の中で「苦しむのが好きな人がいる」とおっしゃっておられましたが、苦しむことが当たり前になってしまいました。酒やタバコに逃げています。付き合っている彼女に泣き言を言ってお金を恵んでもらいます。何をやっていても生きている感覚がなく、ただ息をしているだけのような感じです。

 

世の中はどこへ言っても金金金。街をウロウロしていても、人に優しい自然や公園などはほとんどありません。お金を使わせるような商業施設でひしめき合っています。

 

自分さえ良ければいい。他人のことなど知らぬ。弱者からは目を背ける。人らしい会話がない。人も街も国もお金に支配され、人間はロボットのように冷たく無機質な生き物のように私には見えます。

 

こんなおかしな時代に、逆に「死にたい」と思わないほうがどうかしています。はっきり言って私はもう死にたいです。「日本」という国も、今の世の中もイヤでイヤでどうしようもないのです。

 

死にたいが死ぬことも怖い

死ぬために具体的な行動はまだ取っていません。なぜかというと、一言に「死ぬことも怖い」からです。鬱病にもなっていないと思いますし、頭がおかしくなったわけでもなく、ただただ憂鬱感から死にたいと考えていた毎日でした。

 

死ぬことは、何の苦しみもなくなり「無」になることだとは考えていません。逆に逃れようのない苦しみを延々と味わうとしたら、現世にとどまっていたほうがまだマシだという仏教的観念も持ち合わせています。

 

苦しんでいた過去に、人生訓、宗教、自己啓発、心理学、スピリチュアルなどの書籍を少なからず読んで来たことが、自殺を思いとどまらせていました。

 

衝動的、突発的に死ぬことは簡単かもしれません。頭がおかしくなったり、ドラッグで突然自殺する人もいると思いますが、憂鬱ではあっても精神的にほぼ正常な人間が、あえて自殺をするというのはかなり勇気がいることだと私は思っています。

 

現在付き合っている彼女もその一人で、彼女は私より4つほど年上です。松田様と同じくらいの年だと思いますが、付き合い始めた5年前、ある仕事の職場で「同僚」という関係からスタートしました。職場で一緒に働いていた職場の仲間だったわけですが、その当時の彼女の目は死んでいました。

 

か気になるところがあり、少しずつ会話を増やしていくようになってから色んな話をするようになりました。話している時は目が生きているのですが、そうでない時は目が死んでしまいます。

 

私はA型で元々繊細な性格で感受性が強く、傷つきやすく、他人の雰囲気やオーラに影響を受けやすいので、何か苦しみを持っているのではないかとずっと気になっていました。

 

彼女は既婚者でしたが、旦那との中がうまくいかず、DVを受けていました。仕事が休みの日に個人的に会いたいと言われ、何か悩みがありそうなので会うようになりました。人生相談の相手をしていたわけですが、私はアドバイスできるような人間ではないと自覚していましたが、話だけでもと思い彼女の悩みを聞くような関係になりました。

 

ある日、彼女は私にこう言いました。「前に死のうと思って東尋坊(福井県にある自殺の名所)に行った。本当に死のうと考えていたけれど、その土地の人に自殺を止められて思いとどまって帰って来た」と告げました。私はビックリしました。でも彼女はこうも言いました。「死なずに帰って来て良かったかもしれない。あなたに出会えたから」と言っていました。

 

やっぱり死ぬのはかなり怖いことなのだと思います。勇気もいります。死のうと本気で行動した人でも思いとどまって帰って来るくらいですから、私にはそんな勇気は最初からありません。自分で自分を殺すことができないから、ギリギリまで何とか生きてみようと私はよく思いました。彼女もそうだったのかもしれません。

 

私の「自殺」に対する価値観はこうです。死のうと考えることは誰にでもあるし、どれだけ考えても思ってもいい。でも、本当に死んでしまったらもう後戻りはできない。肉体を失い、自殺したことを反省させられ、更に苦しみ、自殺したことをきっと後悔することになる。

 

だから、死にたいと考えることはしょっちゅうなのですが、実際に死ぬために具体的な行動を取ったことがありません。もし自殺したとしたら、肉体だけが死んで意識か霊体のようになった自分だけが残っていて、肉体に戻ることもできなくなって、現世では死んだ人でも成仏できない浮遊霊のようになってしまうことのほうが一番怖いのです。

 

生きている中で悩みや苦しみは誰でも尽きないですが、唯一生きていて良いことは「いつでもやり直すことができる」ということです。自殺寸前まで行こうが、大きな借金を背負おうが、離婚しようが、無職だろうが、何だろうが、今この時からいつでもやり直すことができる。

 

私はいつもそれを心の中に大切にしまい込んで、自殺だけは何とか思いとどまっています。日本という国は自殺する人がまだまだ多いですが、どんな理由があろうと何とか思いとどまって、何とか生きてほしいと切に思っています。

 

弱者の気持ちは弱者か、もしくは弱者を経験した人間にしか解らないものなのかもしれません。

 

松田様もそうですよね。私は松田様にすごく惹かれるものがあります。そして、世の中がもっと弱者に優しく、愛や思いやりを持てるような社会、人が人の成功や幸せを願えるような社会になるといいなと日々思っています。

 

「働いていない=死ね!」という価値観が蔓延

元々私のようなネガティブな人間が転職を繰り返して生きていたりすると、まず第一に考えることは「自分はダメな人間だ」と思い込み始めると思います。そして、転職を繰り返してもことごとくうまく行かないと、次第に「自分は社会から必要とされていない、何の価値もない人間だ」と思い込むようになります。

 

昭和の価値観で言うと、「働かざる者食うべからず」という言葉がありますが、自分のような落ちぶれた無職の人間は、自分で自分を食べさせる食い扶持さえ稼げず、ご飯を食べる資格などないのだと、自分で自分をどんどん追い詰めるようになりました。

 

世間の人は皆、自分の食い扶持を得ることに必死で、ストレスを抱えていても頑張って働いているのに、自分はそれさえもできないダメな人間なんだ・・・と思うようになりました。

 

他人と自分を比較することに意味はないと解っていても、どうしてもそう考えるようになります。皆働いて必死にお金を稼いでいる、でも自分は働いてお金を稼ぐことさえしていない。五体満足なのに必死で働くことをしようともしない自分が情けなくもあり、世間から言えば「ダメ人間」とか「怠け者」と言われても仕方ないのだと、当たり前のようにそう考えるようになりました。

 

自分ではそうは思いたくはないけれど、世間がそうは思わせないと言えばよいでしょうか。世間からダメ人間の烙印を押し付けられているような感じです。

 

現代社会はお金がないと生きて行けません。お金は働くことでしか得ることができません。もし働くことをしなかったらお金を得られず、どうやって生きて行けばいいのでしょうか。働くことを諦めたら、自分が自分として生きる資格や価値を平気で否定されるような世の中です。

 

私のような無職、路上生活者、生活保護者、障害者など、社会の中でもお金を得にくい人達は皆同じようなことを考えていると思います。今の世の中は、「働いていない=死ね!」的な価値観が蔓延しています。根付いています。定着しています。

 

自分はそうは思いたくなくても、社会がそうはさせないところが何となく見え隠れしています。ネットで動画や情報を見ていても、そのような否定的、誹謗中傷的な書き込みが溢れています。悲しいです。何故他人にそこまで言われなければならないのでしょうか?

 

「社会」という枠から転落する人は大勢います。すぐに這い上がれるならまだいいほうで、一旦転落するとなかなか這い上がれない人も大勢いると思います。這い上がりたいけれど、這い上がれない人は社会に殺される世の中です。私は悲しいです、本当に悲しい。

 

いつしか、そんな社会の風潮に押し潰されて、「もう死ぬしかない」と思い、精神的に弱い人達は皆自殺を選んで死んで行きます。

 

仕事やお金がなかったとしても、家族や身近や社会に「愛」があれば、きっと社会の弱者と言われる人達も生きる勇気や希望を持てるはずです。それが今の日本はどうでしょうか?今の日本社会は「役立たずは死ね!」と言っているような気がしてしょうがないのです

 

うつ病になる人、体調を崩す人、何らかの身体の不調を訴える人が急増しています。社会的風潮にはまったく愛や思いやりがなく、社会の弱者と言われる人達は皆、社会の無言の圧力で、最後には自分で自分を追い詰めることになっているように思います。それが日本でいっこうに減らない「自殺」というものだと私は感じています。

 

社会の網の目からこぼれ落ちた人間は死を意識するしかなくなります。私のような働こうと思えば働ける中年世代は役所も他人も誰も助けてくれません。そんな社会に希望や愛など持てず、最後には「もう死んだほうがマシかもしれない」と考えるようになるのかもしれません。

 

何て悲しい、空しい世の中なのでしょうか。日本の「社会」とは、日本国民全てのためにあるのではなく、「社会の枠」にきちんと収まることのできる人達だけのもので、それ以外の人は社会や国の目に見えない圧力で、駆逐されるか自殺に追い込まれる世の中だと私は感じています。こんな今の日本に一体誰が希望や誇りを持てるでしょうか。

 

皆仕方なく生きて、仕方なく仕事をして、もし自分がお金や職を失った時にいつ死に追いやられるのかと、絶えずビクビクしながら生きているように見えるのです。

 

社会の枠の外から眺められるのは、社会の枠からこぼれ落ちた弱者だけです。今の世の中は異常だと私はずっと思って眺めています。若い人はストレスだらけで可愛そうです。お年寄りは何の生き甲斐もなく、会話や交流もほとんどなく孤独です。私のような中途半端な中年で無職で独身な人間は誰からも必要とされず、いつも死にたいとそればかり考えていると思います。

 

彼女と一緒になるために生きる

現在、私には5年前から付き合っている彼女がいます。

 

彼女は今はバツイチですが、付き合い始めた時は旦那とうまく行かず、家庭崩壊的な状況でした。それで自殺を考えたと言いました。自殺の名所まで足を運んだけれど、地元の人に止められて帰ってきました。その後、私とプライベートで会うようになり、人生相談をしているうちに私に好意を持ってくれたようです。

 

彼女には二人の子供がいます。上の子は成人していますが、下の子は高校2年です。下の子が成人して手が離れたら一緒になる約束をしています。一緒になるのにあと1年半ほど待たなければなりません。

 

私自身、彼女と一緒になるのは構いませんが、私は無職で貯金もありません。結婚指輪も買ってあげられません。彼女はそれでもいいと言います。一緒になって外に働きに出なくても家事をしてくれればいい、言ってみれば主夫でいいと言ってくれています。

 

私は彼女に生かされています。今実家に住んでいますが、私の家庭もうまく行かず、家庭崩壊しています。家庭内の事情から私は両親兄弟を嫌って口を聞いていません。顔も合わせないように避けています。家で食事もしません。だから彼女の助けだけが私の命綱になっています。

 

お金がないので彼女に生活費をもらっています。一日一食で過ごしています。生活は苦しいですが彼女には感謝しています。

 

松田さんの、ひまわりさんの教えの動画の中に、「自分の誕生日ではなく、なぜ自分がこの地球に生まれたのか、その理由が解った日が本当に大切なこと」という教えがありました。私はつまづきっぱなしの人生を歩んで来ました。

 

しかし、動画でその教えを観て、私は今の彼女に出会うために生まれて来たような気がしています。出会った時のお互いの環境や事情がピッタリ当てはまっていました。一緒になる条件が一致していたんです。

 

私が彼女に一番惹かれるようになったのは、いつでも私がどんな状況になっても、私のことを見守って助けてくれていました。お金や仕事で人を測るのではなく、彼女なりに私という一人の人間を純粋に愛してくれていました。だからいつでも私のことを好きだと言ってくれていました。

 

私は彼女に生かされている、彼女に出会うために生まれて来た、そして彼女を幸せにしてあげられるのは自分しかいないと思って、彼女のために何とか生きています。

 

死にたいと思う経験も学びになる

私が一ついつも心に留めていることは、「人はどんな状況になっても、生きている限り人生をやり直すことができる」というものです。

 

私は若い時から苦しんでいた経験があるので、宗教やスピリチュアルの書籍を少なからず読んできました。その中で一つ気付いたことがあります。

 

人は衝動的に自殺したりしますが、肉体だけが死んで意識のようなものだけが残り、実際に死んだつもりが死んでいないというような状況になって、更なる苦しみが待っているとしたらどうしますか?今よりもっと大きな苦しみを味わうことになるとしたら、それでも死にますか?

 

死んでしまったら本当に人生をやり直すことはもう完全に不可能になりますし、この世に留まる自分の肉体もなくなります。何とか生きていれば何か解決の道もあるかもしれません。死ぬよりは苦しくても今の状況を生きていたほうが私はずっといいと思うのです。

 

私は36歳の時に付き合っていた女性に振られて大失恋しました。その時も死のうと考えました。今思うと人生のどん底は「自分に必要な経験」のような気がしています。「失敗」からは学ぶことが大きいですし、自分の器も少し大きくなるような気がします。考え方も変わります。

 

現にその当時の大失恋があったので、今の彼女とはうまくやれていますし、思いやりや優しさを持てます。感謝もできます。お金の問題も、これと似たようなところがあるかもしれません。

 

日本は今でも年間2万人の自殺者がいます。先進国でこれほど自殺者が多い国は他にありません。日本人としてこれ以上自殺する人を出したくありません。

 

皆人それぞれ悩みや苦しみは違いますが、とりあえず自殺することだけは思いとどまってほしい。私はいつもそう思っています。年間2~3万人の自殺者の中に私自身も入っていたかもしれないですから。

 

「生きていれば何とかなる」と簡単に言いたくはありませんが、それでも、それでも生きていれば何とかなるし、これからいいことだってきっとありますよ。私はあえてそう言いたいです。

 

松田様、私の胸の内を聞いてくださり感謝しております。有り難うございました。

 

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