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自殺防止

生と死の感情が矛盾。消えたいと思うが「健康診断に行かないといけない」と感じる

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昔から兄弟がいなかった事もあってか内気で人見知りな性格だったと思います。

 

親は習い事をいくつかさせてくれたので、そのおかげもあってか小学生時代はそれなりに嫌なことや苦手な先生や友達は居ましたが、割と順調に生活出来ていました。

 

精神的にしんどいなと思ったきっかけは親の離婚が始まりだったと記憶しています。

 

今は離婚と聞いてもあまり珍しいとも思いませんが、当時はまだ周囲にそんな家族の知り合いもいませんでしたし、田舎だったこともあって私自身も周囲の人に知られたく無いという気持ちが強かったので、誰にも言えませんでしたし、相談も出来ませんでした。

 

無意識に自然に持っていた自己肯定感のようなものも薄くなっていったと思います。今まで友人関係もそれなりに順調だったはずでしたが、引け目を感じるようになり、そして自信もなくなっていきました。

 

そうすると徐々に体調不良だったり耳鳴りだったりのストレスが原因だと思われる症状が出てきてしまい、20年ほど過ぎた現在でも治っていません。病院にも行ってみましたが、病名がつくことも無く、長く続けるには治療費もかかってしまうので中断したままです。

 

私の場合は死にたいというより、消えたいとか、もういいかなと思う感情の方が強いのではないかという感覚です。

 

死にたいと頭で考えるだけ

主には頭の中で考えているだけの時間の方が多いと思います。

 

高層階から下を見ても恐怖を感じますし、電車に飛び込んだニュースを聞けばそんな勇気は無いと思ってしまうし、家族には絶対に迷惑をかけたくないです。

 

痛いのが恐いという感情も実際の行動に移さない理由なのだと思います。

 

消えたいと思うことがありならがも、健康診断に行かないといけないなとも思うくらい病気にはなりたくないと身体の事を考えてしまいます。

 

なぜこんなに生と死への感情が矛盾しているのだろうと不思議に思う時もあります。

 

精神的に落ち込んでいる時には、ブログで似たような状況の人の話を読むことがあります。なんとなく悩んでいるのは自分だけじゃ無いという確認や安心がしたいのかもしれません。

 

このような話はなかなか家族や知人には重たすぎて相談出来るような内容ではないので、いつも悩んだところで解決するものでも無く抜け出す糸口が見つけられずにいます。

 

実際に未遂を起こして失敗した人のブログを読みましたが、一度未遂を起こすと、身体の機能であったり色々な面で起こす前には戻れないのだなと改めて知りました。その方は死ぬかもと思った瞬間に後悔をしたそうで、やはり嫌な事であったとしても、死ぬ気になればなんて事無いと思えるのかもしれないなと思える日もあります。

 

日替わりで感情に波があるように思います。

 

「死にたい」と思うと親が浮かぶ

まずは親の事が一番に浮かびます。自分が先に居なくなったら、親はどのように生きていくのかなとか、僅かながらも頼りにされているのを感じているので、誰か他に頼れる人を見つけられるのかな等の消えた後の心配について考えたりします。

 

やはり血の繋がりは強いものだなと思います。もし逆の立場で、そのような消え方をされてしまったら、一生立ち直れないと思いますし、それこそ人生の終わりを感じます。私にとっては、代わりに友人がいたとしても耐えられません。

 

あとは、死にたいと考えてしまう人と、そういった内容をほとんど考えたことも無い人との違いを考えてしまいます。

 

産まれたときから不公平な世の中だと思っているので、何でも当たり前に何不自由無く揃った毎日の生活を送っている人はどんな前世だったのだろう?とか、スピリチュアル的に人生の課題の何が違うのだろう?とか、そんな考えになる時もあります。

 

恵まれ方にしても、なぜこんなにも差があるんだろうと思ってきました。実際には周りが知らないだけで、その人それぞれに辛さやプレッシャー、悩みもあるとは思いますが、贅沢な悩みだと感じる日があります。

 

その一方で、精神的に安定しているときには、自分の周りにあるものにでも感謝出来る日もあるので、自分自身でも別人のようです。

 

精神的に上下があると疲れてしまうので、心の安定した毎日を過ごしたいものです。

 

他には死にたい、消えたいという考えにならないようにするにはどうすればいいのだろうといった事も考えますが、自己肯定感をなかなか上げられません。

 

親がいるから生きていられる

「死にたい」と思ってもなぜ生きるのか、やはり親が生きているからです。その事に尽きると思います。出来れば私より長生きしてほしいと願ってしまいます。色々な面を考えると順番的にも難しいとは思うのですが、なんとかほぼ同時くらいまでは生きていてもらいたいです。

 

自分が生きていてあまり子どもが欲しいとは思えませんでした。勝手な思い込みかもしれませんが、なんでもそろった裕福な家庭とはいえなかったので、周りと比べるとしんどいなと思ってきたので、もし同じような思いをさせたら可哀想だなという考えがいつの間にか出来上がっていました。

 

それ以上に、今の子ども達は少子化や人間関係に関しても大変そうだなという印象が強いので、子どもを持ったり育てたりすることは無いだろうと思っています。その分もあってか親に対して強い思い入れがあるのかもしれません

 

もちろん友人が居てくれるのも、この世界に居る大きな理由ではあります。生活環境が変化すると年々友人は減少していきますが、それでも繋がっていてくれる人がいることで支えられています。

 

金銭問題や体調面での悩みは解決していませんが、私にとっては結局は人間関係が生きるか消えるかの境界線に大きく関わっていると思います。

 

あとは現実問題どの場所でそのような行為をしたとしても誰かには迷惑がかかるからという部分もあるかもしれません。実際に実行に移す方々は、もうそんなことすら考える余裕も無くしてしまったんだろうと思うと、まだまだ本気度が全然違うのでしょう。

 

自死はもったいない

若い人達の自死が増えていることに関してですが、本当にもったいないと今なら思えます。

 

学生だった当時は、自分のことで精一杯でどうにも変われない、現状もいい方向に持っていけない毎日が本当に辛かったです。

 

今なら考えられるのですが、やっぱり本気で学校が辛いなら行かなくてもいいんだと思います。人と違ったハンデを背負うことは、その人それぞれに将来話題に出来るようになる人や挫けてしまう人、色々な違いはあるかと思います。

 

もし、学校に行きたくないとか消えてしまいたいと思った時には、自分のそう考えてしまう事を否定せずに学校を辞めるという選択があってもいいと思います。

 

個人的な考えとしては、悩んでいる時に本当の心からの相談が出来る人が居なかったので、身近な人でなくても話し相手になってくれる人が1人でも見つけられればいいなと思うし、今はネットでの繋がりも探せるので、誰にも話せないときはそんな繋がりを探してみて欲しいなと思います。

 

もちろん話を聞いてくれる人なら誰でも安心な訳ではないので慎重さも必要ですが…

 

誰かを頼って依存してしまうのも問題で、結局最終的には誰が解決してくれるものでもない事も知っておかないといけないかもしれませんが、辛さの真っ只中では孤独じゃないという感覚を感じられる事は必要だと思います。

 

今でもたまにふっと感じますが、孤独感は精神的なダメージにかなり影響します。

 

昔よりは相談窓口も増えているように感じますので、使えるものは何でも利用していいのだと思います。

 

もちろん大人だって同じで、本当に辛い人生や時間で人生をすり減らすくらいなら逃げてもいいと思います。真面目に我慢しても幸せになれなかったなら道が違うのだと思います。

 

私自身人生うまくいかない事だらけですが、消えなくて良かったと思う瞬間がたまにあるからなんとか暮らし続けています。

 

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