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自殺防止

装具の製作と車椅子の改造する会社に勤務。パワハラで追い込まれ、電車のホームに

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私は、幼い頃からイジメられました。それは同級生だけでは無く、近所に住む下級生からも、更には小中学校の先生からもでした。コミュニケーションが下手で、最初は楽しく遊んでいても日を追うごとに関係が悪くなって来ました。

 

そのような私は、そのまま大人になったので、職場でもうまくいきませんでした。あまりに人間関係で苦しいので、こんな日本を出て行って、一人で生きて生きたいと思い、それができる"歯科技工士"になって好きな音楽の本場、アメリカで生きていこうと思いました。

 

夢実現の為に三年間、死にものぐるいで勉強し、あともう少しというところで、アメリカ同時多発テロと、腰痛の悪化、夢を諦め、人生を迷走・・・

 

流れ着いた仕事は、知り合いの紹介で働くことになった、夫婦とスタッフが一人という小さな福祉関係の会社でした。

 

装具の、製作と車椅子の改造をしている会社だと聞いて入りました私は物作りが好きで得意だったから紹介されてそれで入ったのに、実際には違いました。物作りは週に1日で、実際には介護保険の営業をする事になりました。

 

そして、社長は本当に一癖も二癖もある人だったのです。言葉がとても早口でどもりながら喋るので、良く聞き取れず、聞き返すとキレられます。なので訳も分からず仕事をして失敗し、またキレられ・・履き物でテーブルをバンバン叩いて早口で怒鳴るのです。

 

とても神経質にもかかわらず片付けができない人なので、しかも私が掃除すると、物が無いとか、ペンの置き場所が違うと言ってキレます。失敗の内容ををお客様の見える壁に張り出されたりしました毎日どう行動したらいいか分からずとても緊張する毎日でした。

 

ある日、朝の通勤電車を降りたら、過呼吸で苦しくなって駅で倒れてしまいました。

 

駅長室で休み、会社に休ませて欲しいと電話しました。社長「今から向かうわ」私は病院へ連れて行ってくれるものと思っていたら・・・会社へ直行・・・そのまま通常勤務。

 

そんな会社でも行かなくてはなりませんでした。

 

面接で提示された給料が払えない、と言われてしまったので、それでは話が違う、生活出来ないと主張したら、有利子で50万円貸すからそれでなんとか乗り切ってくれ、とのこと。しょうがなく借金したのです。

 

そのような状況に辛く、緊張の中会社へ行っていたので、段々限界が近づいていました。が、自覚は無く、働かなければ、と思考停止状態になっていました

 

死にたい、パワハラで思考状態に

前職での、パワハラに疲れ果て、倒れても会社に通い続けましたが、家に帰ってもその辛さは和らぐ事もなく、段々と口も聞かず、引きこもるようになってきました。

 

それ以前にも、会社に入る前から紹介してくれた知り合いの音楽活動を助けていて、幼稚園などのコンサートで出演していたのが、私の数少ないストレス解消でしたが、ある日、物凄い長文でその事に対する批判メッセージが送られてきました。

 

そんな事してる暇があるなら仕事に専念しろ!真剣味が足りない、といった内容でした。社長もギターを弾くらしく、ヤキモチを妬いていたのです。自分では一生懸命に努力していたつもりだったのですが、ピント外れだったのかも知れませんし、緊張の毎日でパニックになる事も多かったのです。後で謝罪されましたが、私生活にまで口を出してくることに恐怖を感じました。

 

そのような毎日ももう終わろうと思ったのは・・・ある朝、電車を待つホームで、プレッシャーと辛さで思考停止状態になり、ボォーっとしていました。そして、気がつくと電車が近づくホームに飛び込もうと足を運んでいました。

 

ギリギリでハッと気づいて死なずに済みました。今考えると、当時の私は、残される家族、両親の事を考える余裕も無かったのだと思います。何度かは、この電車に乗って出来るだけ遠くへ逃げようと思った事もあります・・・

 

・・・このようなことがあって、もう限界だ、このままでは死んでしまうと思い、ある日から・・・突然会社へ行くのをやめました。

 

自宅に居たら社長が来るので、家族と話し合って実家に逃げていました。一つ気掛かりな、借金が残っていたのですが、他から借りて返しました。

 

後で、紹介してくれた知り合いから聞いたのですが、私の前に若い女性が働いたそうです。最初なかなか詳しい事を教えてくれなかったのですが、その女性は、在職中に海に飛び込んで、自殺未遂をしたそうです。そんな事、早く教えて欲しかった・・・その知り合いとも疎遠になってしまいました。

 

しかし、社長にも、知り合いにも不義理な事になったとしても、あの時はそうするしかない程追い込まれていたのです。

 

今よく考えてみると、社長は、仕事をしながらしんどい、疲れた、溜息ばかりついていたので、新米の私にイライラしたのかと、思い、可愛そうな人だとも思えるようになりました。

 

死にたいが地獄が怖くて勇気がでない

前項で書いた出来事の他にも何度か、もうダメだ・・・限界だ・・と思った事があります。

 

実は"死にたい"という思いもあるのですが、同時に、このまま死んでしまう勇気もなかったのです。両親が牧師だったのですが、よく、"罪人は天国に入る事が出来ない、地獄では燃え盛る炎で永遠に焼かれる"と聞かされていたのです。教会では、日曜学校で時にこの様な地獄の話をして、だから、地獄へ行かないようにいつも良い行いをしましょう、と話をするのです。

 

私は子供の頃からイジメられて成長したので、キリスト教の教えを聞いて育ったものの、それほど熱心ではありませんでした。ただ、信じて受け入れれば救われて天国に行ける、とあるのに、なぜ私は救われないのか、と思っていたからです。

 

しかし、物心ついた時から何度も聞かされた地獄の話しにより怖くて死ぬ勇気が無かったのです。

 

できることならこのまま消えてしまいたい、という方が近い考えかもしれません。実際、朝の通勤電車に乗ろうとした時に、逆方向の全然違う所へ逃げた事があります。山奥へ逃げて失踪事件になりかけた事もあります。

 

これらの時は、何でもいいのでその苦しみから離れたい、後のことはどうなってもいいと、無責任な事を考えていました。死にたいと思ったけれど、その勇気さえもない、そのような自分がますます嫌になる、そんな日々でした。

 

一番最近は前項でも書いた、5年前、朝の通勤の時、電車の近づくホームに飛び込もうとしたことです。この時が一番死にかけた時です。あと一歩というところでハッと気づいて何事も無く終わりました。これは、自分が死ぬ勇気もなかったので悪魔が「いいかげんこっち来いよー」と引っ張ったのか、と今では思っています。

 

この時期はまだ、前項で書いた社長のところで働いていたのでこの世も地獄だと思っていましたが、死ぬ勇気が無かったこと、家族がいたのでその事が頭をよぎって思いとどまった感じでした。まだ少しあった理性が死なずにすんだ、という事だと思います。

 


特に子供達の成長を見る時に、この子達がなりたいものになれる様に、立派に育ててあげたいと思いました。

 

長男はアートが好きで、デザイナーになりたいと言っています。今は一緒に絵を描くのが楽しいです。次男は発達障害があり、目が離せませんが、独特の雰囲気があり、冗談を言って笑わせてくれます。芸人"ミヤゾン"みたいな雰囲気です。学校の成績はとても良く、この個性を伸ばしてあげたいな、と思います。この子達のためにも死ぬ訳にはいきません。

 

幻に囚われていたことに気付く

今まで、何故死にたいと思ったのかを考えてきました。今も状況はそれ程変わっていないのに死にたいと思わなくなったのか・・・

 

一つは、以前は過去にとらわれすぎていた、ということです。子供の頃から・・♪友達100人出来るかな♪・・・という歌にもあるように、学校では皆んな仲良く沢山お友達を作りましょう、という考えが刷り込まれていて、それができない、人と違う事は良しとしないと思われてきました。

 

イジメられていた自分は友達が沢山できない、だから自分はダメだ、自分が好きになれない。

 

または、世の中の、"できない事にフォーカスする"風潮にとらわれたり、人から何か言われた、何かされた、などなど・・・それらの記憶の蓄積により"自分はダメ人間だ"と考えていたことです。

 

しかし、考えてみれば、過去は過去、ただの記憶、幻なのです。まぼろしに現在、現状がとらわれるのが"もったいない"と思うようになりました。

 

"過去にとらわれて生きる"のではなく、ただ現在に生きる。失敗などはその都度反省して次に活かせると感謝して忘れる、そんな風に思えるようになりました。

 

まだ徐々にですが・・・もう一つは、"目方を変えれば世界は変わる"です。

 

失敗わミスも"こうすればうまくいかないんだ"と、自分の経験値が上がったと思えばレベルアップに繋がるし、・・・先ほどの事に繋がりますが、イジメられた、◯◯された、・・ということは、同じ様な思いを持っている人の痛みを解ってあげられる、ということでもあるのです。

 

物事の見方を変える

私は今宅配便のがパートで働いています。体力的な面と経済面に大きな課題を抱えています。この現状はどうにかして解決していかなくてはならない!と考えていますが、先ずは日々、配達の仕事をゲーム感覚で楽しもうと思ってやっています。配達の受け取りの時にハンコかサインを貰うのですが、"スタンプラリー"だと思ってやればいくらかは楽しめるものです。

 

そのようにしてできた心の余裕を、これから、人生を幸せになる事を考えるエネルギーにしていこうと考えるようになりました。

 

今の目標は人間関係に散々苦しんできたので、その様な事から解放されて、一人でコツコツ、黙々とでき、経済的にも時間的にも自由になり、その経済と時間を家族、両親のために使っていく。

 

そして、いつか自分の経験を同じ様な状況に苦しむ人々の助けになれるような取り組みをしたい。
その様に考えています。

 

私の文が苦しんでいる人の助けになれば幸いです。

 

私もまだまだ、これから幸せになっていくスタートに立てているのかさえ分かりませんが、日々学び、経験を積んでいきたいです。ありがとうございます。

 

感謝します。

 

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