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自殺防止

腰椎間板ヘルニアや坐骨神経痛の腰の激痛は前世に他人の魂を傷つけたから!?

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私には「死にたい」と思うまで追い込まれたことが2度あります。1度目は、5歳~10歳くらいの期間だったかと覚えています。客観的にみたら、健全な子供が考えるようなことではありませんが、それは大人になった今だからこそのもの。

 

そこまで追い詰められた原因は、父からの暴力です。私は現在51歳です。ですので、当時の社会では、「子供への暴力=しつけの一貫」という解釈がまかり通っていた時代です。ですが父の暴力はしつけという類のものではありません。

 

単に、「ストレスが溜まっていての捌け口」だったり「思い通りにならない(私が言うことを聞かなかったりを含む)時」です。殴ったり平手打ちだったりしてる顔は正に鬼の形相で、しかも、かなりの時間行われました。父は10歳くらいの頃、実父を失くし、当時は子だくさんの時代で6人兄弟。母親(私からすれば祖母)一人では養えなかったので遠い親戚であった今の家に養子に出しました。兄(私からしたら叔父)に「1日1食でいいから、養子に出さないでくれ」と泣きついたそうです。そこから「被害者意識」が芽生えたようです。今客観的にみても、「被害者意識」は常軌を逸していると言っていいレベルです。基本、その意識は現在も変わってはいません。

 

更に養子先の母(私からしたら祖母)とは折り合いがかなり悪く、幼少期から家の雰囲気が重くて暗くて、幼い私は本当に逃げ出したい気持で過ごしていました。それに輪をかけて私の母親はこの現実に、ただ怯え、父が帰宅すると毎日顔が蒼ざめていたものです。この時の顔色の変化は今も鮮明に覚えています。当然暴力を受けた私に対して何も言えない、というか、何も出来ませんでした。

 

父の暴力は世間体を考えて、服を着た時に露出しない部分を集中的に行いました。二の腕、お腹、背中、お尻、太ももは、ほぼ週2回くらいのペースで殴られていたため、どこかしら青あざが出来ていました。夏休みといった長期間の休みは、顔を容赦なく殴られ、よく口の中を切ったものです。

 

例えば、当時は家を新築したせいもあって車を買う余裕がなく、家族の移動手段はバスでした。見たいアニメがあるからとバスが当分来ないのが解った私は「歩いて帰る」と言って、そのまま歩きました。2㎞くらいの距離です。家に着き、暫くしてから両親と妹が家に着いたのですが、父は家に入るなり私の首根っこを押さえつけて後頭部を数回「勝手なことするな!」と言いながら殴り、私が顔を上げると、今度は頬を平手打ちにしたり、拳で殴ったりと、一瞬意識がもうろうとするまで殴られたことがあります。

 

いつも殴り終えた時に、決まって「外には絶対に言うな!分かったか!」と怒鳴ります。返事をしなかった時は、また殴り続けるのでした。もちろん母は、怯えて、立ちすくんでいただけです。

 

母もまた、世間体を異常に気にする人で、「外には絶対に言わないでね」とよく念を押されたものです。こうして思い返すと、正直なところ吐き気がしてくるのです、今でも。

 

2度目は45歳くらいの頃です。42歳の年末に腰椎間板ヘルニアと坐骨神経痛になり、日常生活も辛い情況になりました。ブラックだった工場を辞めたのはいいのですが、ただでさえ年齢的に職が見つかりにくいのに、身体のことを面接で言うと、どこも手のひらを返した態度に変わりました。

 

神奈川に住んでいて、父がガンになったことで渋々田舎に帰ったは良いのですが、帰ってきて腰を悪くして、しかも働き口もほとんどなく、「俺の人生って何なの?」って思うようになりました。

 

何とか派遣会社から漢方薬の製造の仕事を紹介してもらったのですが、腰痛の激しい痛みに耐えきれず辞めることに。その後も単発の仕事のみ。

 

中には誰もやりたがらない、殆ど外仕事同然の立ち仕事を隠して採用され、初出勤したその場で「実はこの仕事をしてくれ」と、面接時と全く違う仕事をしてくれと言われました。雪が降る中で重い化学薬品の運搬とか、腰の悪い人には明らかに無理な仕事をさせられました。

 

面接で立ち仕事も重労働もできないけど、良いのですか?と聞いたにもかかわらず・・・それが原因で自宅療養。貯金は底をつき、いい年して親の世話に。

 

親のガンで仕方なく帰ってきて、それでいながら逆に親の世話になるなんて!「交通事故でも、ガンにでもなって早く死ねたらいいな」と、思うようになりました。

 

死にたい。台所に1人でいると無意識に包丁を

 5歳~10歳くらいの頃にとっていた行動といえば・・・「何も悪いことなんてしてないのに、どうしてこんな目に遭わなければいけないの?」という思いが積み重なって、台所に1人でいると無意識に包丁を取り出し「父を殺してやりたい衝動」が止まりませんでした。

 

確か小学校に入学した辺りに「自分がこのまま(包丁で)死ねば、話がはやいよね」と思うようになりました。台所にひとりでいると、無意識に包丁を取り出して「これで死ねるよね?」と自問自答していました。

 

今思い返しても、健全な子供が考える事ではないのは解りますが、当時の心境を思えば、本当によく思いとどまったと思います。だって、無意識に包丁に手が伸びてしまうのですから。もう死ぬのが怖いとか、「死」に対する興味とかは完全になく、ただ、今を生きていたくない!という気持ち以外は全く持ちませんでした

 

小学校に行っている時は友達なんかと遊んでいるのでいいのですが、家に帰ると「包丁で自分のお腹を刺しているイメージ」がちらついて仕方がなかったです。その度に「母さん、泣くんだろうな?」と思うと、死ぬのは止めようと・・・でも台所にひとりで居ると、やはり包丁に手が伸びて「もう生きているのが嫌だ」という強い衝動に駆られたり・・・こんな繰り返しが10歳くらいまで続きました。

 

40代になっての「具体的な行動」はありません。腰椎間板ヘルニアと坐骨神経痛の症状が年々ひどくなり、日常生活すら厳しい時もあったことが、逆に幸いしたかもしれません。皮肉なことですが。

 

ただ、「この橋から飛び降りてもケガするだけだな」とか「ガンになる方法ないかな?」などという思いが頭から離れることはありませんでした。たまに霊きゅう車なんかを見ると、「俺も早くああなればいいのにな」などと思ってしまいました。

 

去年も秋に帯状疱疹になったのですが、あいにく土日になってしまい病院が休み。帯状疱疹を放置していれば死ねるのかな?ってことをネットで検索している自分がいました。年老いた両親がいなかったら、自殺していたと思います。間違いありません。

 

親と同じようにガンになりたい

 子供の頃といえば、大した知恵がついている訳ではないので、たかが知れていました。今こうして思い返すと実に摩訶不思議なことがありました。

 

台所で一人になった時、無意識に包丁を手に取る訳ですが、ある日は包丁を手にした瞬間「止めろ!」という叫び声が聞こえて台所をキョロキョロ見渡すのですが、誰もいません。隣の居間で母が内職をしていたのですが、叫んだ様子はありません。

 

またある時は包丁を手にした瞬間、血まみれになっている部屋が鮮明に、フラッシュバックのように目の前に現れてしまうこともありました。よく覚えているのです。全体はモノトーンなのですが、血の色が見たことのない赤で、それも噴水みたいに吹き出したかと思えば一瞬で血の海になるのです

 

「え?」と思って周りを見渡すと、いつもの台所なのです。学校に行ってる時などは、そんな事はただの1度たりともなかったのに。

 

40代は前にも書いた通り、極力周囲に迷惑の掛からない方法で死ねたらいいなと思う日々でした。流石に両親を殺してそのまま自殺しようとは考えませんでした。妹がいるので。少し前に小中学校の同級生がガンで早世したことを思い出して、ガンになったら絶対に治療しないという変な誓をしていました。それどころか「親がガンになったんだし、俺もガンになりたい!」とさえ思っていたのです。

 

子供の頃のように包丁で自殺しようという気にもなれなかったのは、少し不思議な気がします。子供の頃にあんなことを長い時間考えていなければ、包丁でも使ってリストカットしていたと思います。包丁を使っての自殺に、変な言い方ですが、飽きてしまっている所があったのも事実です。

 

人を変えるのではなく、自分を変える

 何故生きようと思い直したのか?

 

それは数年くらい前にみた斎藤一人さんの動画です。とりわけ衝撃的だったのが「人は何度も生まれ変わる」というものでした。

 

腰椎間板ヘルニアや坐骨神経痛の激痛が半端ないときで、前世で他人の魂を傷つける行為をすると、今世では「目」または「腰」に現れるというものでした。

 

ちなみに目ですが、私は生まれつき目が相当悪くて、1歳の時にTVを1mくらいまで近寄って、さらに目を細めて見ていたそうです。最近はメガネやコンタクトの度数をMAXにしても、車の免許の更新が怪しいレベルです。眼科医の診断では、数年後はコンタクトを入れた状態でメガネをつくらないと、免許の更新は厳しくなる可能性があると言われています。

 

前世で他人の魂を傷つける行為をすると、今世では「目」または「腰」に現れるというのは、間違いないと確信しています。そしてそれが「因果」という形で今世に現れるということも。前に書いた通り、父からひどい暴行を受けて育ちました。

 

その父ですが、くしゃみをしても、その場に他人が同席でもしない限り、人に向けて手で口を抑えずにくしゃみをします。食事の最中もです。食事中、口の中に食べ物があってもです。私や母の食べ物に対してもです。他人が同席すると、一応右手でグーの形を作って自分の口元へ持っていきますが、最初の1~2回だけです。80歳近くになりますが、絶対に治らないし父を今更変えようとは思っていません。

 

こういった環境(現実)を引き寄せたのは、前世での振る舞いだということ。人を変えるのではなく、自分を変えるのだということ。斎藤一人さんの動画を見て(聞いて)気付いた次第です。そんな中で、偶然松田さんの動画に出会って、さらに様々な気付きを得ていったのです。

 

松田さんの動画を見続けているうちに、世の中のためになることをしたい、という思いが沸いてきました。そうするためには、経済的にも安定させなければいけません。「ありがとう」と言われるようなことをヤリきってから人生を終えたい。だから、こんなところで人生を終わらせてはいけない。生きなきゃ!という気持ちに変われたのは、松田さんのおかげなのです。

 

現在何かをしたいというのはありませんが、このまま学び続けるることで、神が私に合った、私が進むべき道を示してくれる気がしてならないのです。ただ、その道を行くだけです。そして、そう決意しました。

 

死にたい現実は前世の後始末のため

 日本人なら「初詣」などで神社に詣でたことがありますよね?

 

鳥居をくぐって参道を進み、お賽銭を投げて手を合わせたら引き返して鳥居を背に出ていきます。「参道」という文字を「産道」とも当てることが出来るのが日本語の面白さ。鳥居は女性のアソコ。ということは産道は膣のことですね。

 

麻縄を振って鈴が揺れてたら、投げたお賽銭という精子は賽銭箱という子宮に。産道から鳥居を後にしたら、無事に出産。人生ゲームの開始です。神は神社に詣でるという形を通して、我々人間に「人は何回も生まれ変わる。生まれ変わるのだから霊魂は死なない」と言いたいのだと思います

 

前世で訳もなく人を殴ったら、生まれ変わった今世は、逆に何もしてないのに殴られる人生を送る。きっと神は「お前は人の痛みを知れ」と言いたいのでしょう。人間の持っている物差しなら、この現実を「理不尽」だとか「世は無常」などと定義してしまうでしょう。

 

しかし神の物差しは「前世の落とし前をつけなさい」ということからくる【魂の成長を促すもの】ではないかという気がしてなりません。これが正しいとすれば、「死にたいと思う現実」は自分自身が前世でやらかしてしまった後始末を自分でやっているだけということになります。

 

なので「アイツが悪いんだ!」「俺は被害だ!」という考えは的外れであり、神の逆鱗に触れるということですね。来世ではまた同じか、それ以上の辛い環境を与えられる、因果はめぐるというもので、まさに負のスパイラルです。

 

この負のスパイラルから抜け出すには、魂を成長させるしかない。「ありがとう」と言ってもらえることをして、魂を成長させるしかない。感謝し、感謝されることに悦びを感じる生き方をすれば、神は成長を認めてくれる。

 

そのために、まずは自分自身の心に灯をともすことが第一歩。

 

自分が言われて嬉しい言葉など、例えば「ついてる」「ありがとう」「楽しい」「愛してます」「許します」といった言葉を口にして、言霊のチカラを借りることが1番手っ取り早いと思うのです。暗い表情で「ありがとう」と言われても嬉しくないように、まずは言霊で自分の心に灯をともし続けることからだと思うのです。

 

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