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死にたい

死にたい。自分の存在価値が分からない・感じない。会社は生きて行く為金を頂く場

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私は、都内在住の54歳の会社員です。

 

生きる充実感を見つけられなくてこれまで転職を多くして自分でも何回転職をしたか覚えておりません。こんな感じなので同じ環境で永くいたことがありません。直近では今年の1月に今の会社に転職しております。

 

今年転職する前の会社は3年弱勤めていて、その会社で問題を起こした訳でもなく、いじめにあったとか特段そのような事はなく、ただこの会社でこの仕事でこの先このままで続けて行ける価値観を感じず退職してしまいました。

 

こんな感じでこれまで数多くの転職を繰り返してきました。自分でも呆れるほどです。なんでこんなことを繰り返すのか自分でも嫌になります。会社はただ生きて行く為の金を頂くと場になっております。

 

こんな状況では当然、生きがいのある場所などみつけられず充実感もありません。ただ時だけが過ぎていき空しいだけ、毎日考えのですが・・・このままではいけないと思うのですがなかなか変えることができません。

 

いつもこんな生き方はダメだと自分に言いきかえているが、何をどうしたらいいのかわからない。こんな状況ですから収入も低いままです。転職を繰り返すので月給が低い金額から始まり昇給はないまま2年位で会社を辞めしまう。この10年は在籍期間が長くて3年、短くて1年未満で退職していました。

 

では、なぜ「死にたい」と追い込まれたのか?

 

それは自分の存在価値が分からない・感じないと言うところでしょうか。本心は仕事を通じて生きている充実感を持ちたいと強くおもうのですがそれが無い。家と会社を往復して毎日が終わって時が過ぎてしまう、54歳になるのにどの会社に行っても新人のまま。

 

私くらいの年齢になると定年・老後の過ごしかたを考えると思うが、そんなことを考えたことがありません。定年・老後よりも今、この状況を何とかしないといけない・ダメだと思う日々です。

 

若い頃は自己啓発系の本を沢山読み価値ある人生を過ごそうと思っていました。その頃は大きな書店で自己啓発、ビジネスコーナーによく行きなんか未来地図を探すような感覚でした。本を読んではよしこれで自分も仕事で大きく成長するって期待感を持っていたはず。今でもたまに書店で自己啓発系のコーナーに行き本を見ては、この本で自分は変われるのかと言いう期待感は湧きます。

 

54歳になってもその思いはあります。若いころに持っていたあの期待感は今でも私の心、奥深いところにあります。でも変わらない現状、もう本当にどうしたらいいのかわかりません。毎日空しい日々が続くだけです。

 

「どうしょう」と言うキーワードが常に思考の中でもんもんと続く。このまま、死んでいくのかと何の充実感もなく私は死んでいくのかと追い込まれる日々。

 

もう「何とかならないのか」と心の中で大きく叫んでいる自分。この感情が無くなったらもう生きる意欲もなくなり、あとはもう・・・

 

人生こんなはずじゃなかった…死にたい気持ちに

生きている価値観がなくなると本当に苦しい日々が続きます。これほど辛いものはありません。

 

誰かにいや何かに助けて貰えたい。そんな甘い考えでいっぱい、なぜ?こんな生き方になっているだと自分を責める日々。

 

夜、寝るときは「明日はいいことが起きる」、朝は「今日はいいことがある・・」と自分の中でくるくると回りますが何ともなりません。

 

会社に行き、そして定時に帰る。もう機械のように動いている自分、こんなことをしているのは世の中で自分だけではないのかと、また自分を責めます。そんなことをしても何も起きないのはわかってはいるがどうしょうもできない自分。「わかっているよ」の叫び声が遠くから響き茫然となる自分。

 

若い頃にあったあの壮大な人生に対する期待感は何処にいったの?こんな筈ではなかったよねってもう一人の自分が言っている。

 

あっ「俺の人生こんな筈ではなかった」と大きな声は出せなくて心の中で叫んでいる。

 

鏡に映る自分、酷い顔。えっ「これ俺かよ」って!生きている充実感なく生きていると顔ってこんなことになるって気がついた。

 

「楽になりたい」と言うキーワードがぐるぐるとまるで観覧者のように回りはじめる。

 

傍にある携帯の画面に映る、人身事故の知らせが今の自分には響く俺の人生はこの先、どうなるのかと自分に言い聞かせその事故の知らせを打ち消す。

 

じゃ目標とか作ればと思うがこれが見つからない。本当に何をどうすればいいのか毎日もんもんとするだけで時だけが過ぎていく。生きる糧を見つけることができず、ただその日暮らしを続ける・・続ける・・これって私的にはもう自分はダメなのかと自分に問いかける。これ以上生きていてどうする・・どうするって。

 

ただ生きているだけって緩い自殺行為だと思う、こんな筈ではなかった俺の人生・・・俺の人生・・俺の人生と叫ぶ日々。

 

54歳、まだ生きる糧を見つけられない

生きる糧を見つけられず今年で54歳になった自分。

 

子供の頃は50代の人って外見はずいぶん年を重ねた感じで見えていて、遠い先のことだと思っていたが、これが時の経過は早いもので、ついに自分もその年代にさしかかっている。

 

まさかこんな50代になっても生きる糧を見つけられない自分って、学生の頃には想像できなかったなと呟く日々が続く今日この頃。学生の頃は遠い未来に感じていた今の年代、現実は早かったと毎日考える。夢と希望に満ちた学生代はもう戻ってこない。

 

タイムマシンにお願いって言う歌詞があるけど、タイムマシンに乗って20代の自分にこう言いたい

 

「目標もなく生きていると大変なことになるぞ」って。こんなことを考えても空しくなるが本当に帰りたい20代の頃。

 

20代の頃は憧れの生き方ってあったと思う。成りたい自分になるために自己啓発系の本をよく読んでいた。まだその頃は今とは違い、インターネットがない時代なので、本からの情報源は貴重であった。その頃はよく本を読んでいたはず。

 

なりたい自分になるため。夢も希望もあったはずなのに、今の自分はそれとはかけ離れた人生を歩んでいる。

 

こんな問いを毎日、自分に向けている。そんな問いかけをしても変わらないのは理解しているが、その問いがやめられない。命は失わないがこれも緩い自殺行為だと自分は思う。

 

自分をどんどん追い込んでいる。追い込めば追い込むほど自分が辛くなるのは知っているのになぜか止めることができない。もう一人の自分が冷めた目で監視している感じがゾクゾク伝わってくるこの嫌感情と感覚。

 

毎日「もう勘弁して」って心の中で叫んでいるが、一向に変わらない。

 

今日も、何時ものように目覚めて、会社に行く、日中も仕事に対して何の生きがいも見つけられず、働いている。楽しみと言えば晩酌が疲れた体を溶かしてくれる。これで良いのか!

 

早く生きがいを見つけたい

毎日、変わらない現状があるがそれでも生きて行こうと思うのは何だろうと自問すると、それは、自己の成長がある。

 

だが、今の自分は何もできなく底辺のところでもがいている。遠くに微かに見える光を追い求めて。いつかはあの光の当たる場所に到達するのだと言いきさせている。

 

朝、目が覚めた時。「よし、今日は何か良いことがある」と心の中で叫んでいる。

 

生きがいを見つける、いや感じまでは常に気持ちのあり方は大事だ。自分を動かす潤滑油だ。それを切らしてはならないと今日も発動させている。

 

人から「あなたの生きがいは何ですか?」と聞かれたら即答できない自分がいる。それを考えると憂鬱になる。大人になってからその生きがいをもとめていたが、今年54歳になるがそれが見つからない。

 

毎日思うが、俺の人生はこんな筈ではなかったと20代の頃には、沢山の自己啓発本を読んで自己を成長させたいと燃えていたあの頃が懐かしい、それが今では空しい日々と変わる。

 

では、そんな状況の私が「それでも生きがいを感じるのは」早く生きがいを見つけて思い存分に行動して誰かの役にたちたいと心底に思いがあり、これを見つけるまでは死にきれません。

 

それと妻や親・兄を安心させたいとの願望があります。その為に何をしているか

 

それは、「自己成長」を常に考え実践することだ。本やネットからの情報を掴んでどうしたら生きがいのある人生を送ることが出来るのかと探索している。それを考えている間は表現は気恥ずかしいが「ワクワク」する。

 

人間はそれが無いと空しい人生でおわってしまう、今からでも間に合うと決意し日々、読書やネットから行動に移す素材を探している感じである。そんな微かな行動でも自己の成長に繋がると信じている自分。

 

そうだ、自分は「成長できる!」を選択しょう。

 

死にたい人が多いのに驚く、毎日人身事故の情報が

日々暮らしていると、自ら命を絶つ人が多いことに驚く。私は電車で通勤していますが毎日のように人身事故の情報を聞きます。多い時は一日に複数のそのお知らせを聞く。それだけ自らの命を絶つのにその選択を選ぶ人が多いことに気付く。

 

今、この瞬間にも命を絶つことを考えている人もいるだろう。

 

今の私から命を絶つ方へのメッセージは・・「まだ諦めるな、光を求めよ!」と言いたい。まあ、そんなキレイことを言われてもと思う人はいると思うが信念だ。

 

人は、何時かは死んでいく、それは自分でもそうしょうもなくその時が来る。これは全ての人にやってくる。避けることはできないことなのだ。

 

この世の中には自ら命を絶つ人あらゆる健康情報を集めて長生きを考えている人がいる。その二つの分かれ道は何なのかをいろいろと考えてみたが、私なりの回答はズバリ、生きがいの価値観が有るか否かではないかと感じる。

 

目標や生きがいがある人は自ら命を絶つ選択肢はないだろう。

 

目標・生きがいと書くと大げさな感じで扱われるが、自分なりの価値観内にあるもので良いと思う。例えば本を読む・詩を書いてみるとか。自暴危機にある時はそんな少しのことでも救われると思う。特に本は多くの人の考えに触れる絶好の機会だ!

 

憂鬱な時は人と話したくはないと思う時もあるだろう、しかし読書は自分のペースでその作者と向き合える。もしかしたらその一冊から何か希望の光を見つけることも可能だ。

 

本は数千円の金額で生きがいを発見できる可能性を秘めている。本を読むことで、その作者が作りあげた世界観に引き込まれていくので、日々の憂鬱な感情に思考を向けずにすむし大きな費用をかけなくても何か生きるヒントが詰まっている。

 

ぐに見付けられなくても諦めず続ける・・続ける・・希望の光が見つかるまで、続ける・・

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