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自殺防止

高血圧による慢性腎臓病に。一日中座ったまま栄養の偏った好きなものしか食べず…

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 5年前に勤めていた会社を退職しました。

 

火力発電所の孫請け企業で、仕事の内容は、運搬船で運ばれてくる石炭を炉に運ぶまでのベルトコンベアからこぼれ落ちた石炭をスコップですくって、ベルトコンベアに戻すことでした。

 

粉塵防止のマスクをしていましたが、経費削減のためか、安物のマスクだったので、マスクの隙間から入り込む石炭の粉を吸い込み、顔じゅう真っ黒になりながら、重たい石炭を自分の胸の高さほどもあるベルトコンベアに戻す作業は本当に骨の折れる力仕事でした。

 

もちろん、空調などのない作業場だったので、夏の暑い日に作業を終えた後、気分が悪くなりトイレで嘔吐したこともありました。こんな仕事を続けていては、身体を壊してしまうと思い、8年間勤めた会社を退職し、パソコン一台で出来るネットビジネスで稼いでいこうと決心しました。

 

といっても、仕事の当てがあるわけではなく、アフィリエイト、せどり、FX等の情報商材を買いあさる日々が続きました。

 

せどりは今でも細々とやっていますが、とても食べていけるほどの利益は出せていません。せどりとほぼ同時期に始めたFXも現在続けておりますが、勝ったり負けたりで、トータルではマイナスです。

 

椅子に座ったまま一日中チャート画面を見続け、食事も栄養の偏った自分の好きなものしか食べず、数年間、貯金を切り崩しながら、何とか生きてきたのですが、3年ぶりくらいに受けた今年の健康診断で、高血圧による慢性腎臓病と診断されました。

 

ひとりでコツコツ頑張っていれば、必ず未来は開けると信じていたのに、こんな時に余命宣告を受けたようで、これから、何を目標に生きて行けばいいのか分からなくなりました。いっそ死んでしまった方が楽かもしれないと思うこともあります。

 

慢性腎臓病で死にたい気持ちに

慢性腎臓病になってしまったことを自分一人で抱え込んでいると、本当にどうしていいのか分からず、この世から消えてしまいたい感情に襲われるので、親しい友人数名にそのことを話しました。

 

すると、自分と同年代の友人はほとんど何かしらの持病があることを打ち明けてくれました。趣味の音楽活動のバンドメンバーの一人は、耳の奥に腫瘍があり、片方の耳がほとんど聞こえないらしく、いつか手術をしなくてはならないと話し、またもう一人のメンバーは、白血病で骨髄移植をして、たまに起きる体の痺れを抑えるための薬を常に持ち歩かなければならないこと等を話してくれました。

 

友人も病気と闘っていることを知り、とりあえず、近所の内科を受診し、血圧を下げる薬を飲みながら、自らも、ネットや本の情報から得た、血圧を下げる効果があるといわれる食事を心掛け、朝夕のウォーキングを欠かさず続けました。

 

ただ、血圧を下げる薬には副作用もあることを知り、できれば飲み続けたくない感情が強くなりました。薬を飲んでウォーキングをすると、血圧が下がりすぎて、めまいやふらつきを感じることがあり、そのことを医者に告げると、それまで飲んでいた半分の分量の降圧剤を飲むように言われて、飲んでみたのですが、それでも下がりすぎることがあったため、自己判断で薬を飲まずに、毎日数回血圧を測りながら摂生した生活を続けていました。そのことを医者に正直に告げたところ、勝手に薬を止めるなら、これからも自己管理でやって下さいと突き放されてしまいました。

 

そんな医者の態度を見て、自己判断で薬を飲まずにいた自分も悪いが、腎臓については全く説明もなく、ただ降圧剤を出すだけの医療のやり方に疑問を感じました。

 

「死にたい」と思うと心に両親が…

死にたいと思う時に心に浮かぶのは、すでに他界した両親のことです。仏壇に手を合わせながら、きっと、天国から見守ってくれているから、必ず、この逆境も乗り越えられると自らに言い聞かせています。父と母がいて、私が今ここにいる。

 

普段は、自分が生きていることが当たり前のように思いがちだけれど、偶然と奇跡が生み出したこの命をそう簡単に消してしまっては、あまりにも薄情で親不孝です。

 

数年前に、昔のバンド仲間であった友人のひとりを亡くしたことがあります。その人は、中学校の教師でしたが、幼い男の子2人と、若い奥様を残して、自ら命を絶ってしまいました。

 

音楽活動をやっていた頃は、とても明るく快活で、バンドをぐいぐいと引っ張っていってくれる頼もしいリーダーでした。そんな人が、ある日突然、理由も告げずにこの世からいなくなるなんて今でも信じられません

 

葬儀の時に泣きながら挨拶をされていたお父様の姿が今も脳裏に焼き付いて離れません。我が子が自ら命を絶ってしまうことは、親にとってどれほど辛いものでしょうか。自分が今、苦しみから逃れるためにこの世から消えてしまうことは、天国の両親も決して望まないことです。

 

降圧剤を飲まなかったことで、かかりつけの病院に見放されたことにも意味があると思い、腎臓専門医のいる病院で改めて診察してもらい、これからも生きていくために出来る限りのことをやっていきたいと思います。

 

ピアノパブでの演奏が生きがい

ほぼ独学なのですが、私はピアノを弾くことが趣味で、ライブハウスでライブすることもあります。

 

ピアノを弾くようになったきっかけは、高校時代のクラスメイトにピアノが弾ける友人がいて、二十歳の頃、彼が家に遊びに来た時、家の中で粗大ゴミ化していたピアノを弾いてくれたことです。

 

ビートルズの「レット・イット・ビー」を楽譜も見ずに弾き語り始め、今まで聞いたことも無いようなピアノの美しい和音の響きに、体中に電流が流れたかのように深く感動したあの瞬間は今でも鮮明に覚えています。

 

その時彼にピアノコードというものを少し教わり、ピアノコードさえ覚えてしまえば、楽譜が無くてもいろんな曲が弾けてしまうことに驚くとともに、ピアノを究めていきたい気持ちが強くなりましたそれから、自分が弾きたい楽曲のコード譜が掲載されている本を買ってきては、片っ端から練習していきました。

 

曲がある程度弾けるようになると、すぐに人に聴いてもらいたくなって、気さくなマスターが経営する行きつけのピアノパブで、お店にいるお客さんに聴いてもらっていました。演奏後に「良かったよ!」と聴いてくれたお客さんからの反応があった時は本当に嬉しくて、毎週末、そのピアノパブに通い続け、いろんな楽曲をピアノで弾かせてもらっていました。

 

その時に人前で演奏する度胸が付き、現在もステージ上で演奏する時は多少の緊張はしますが、大勢のお客さんの反応を見るのが楽しいのです。

 

今、自分が死ぬようなことがあっては、ピアノを弾くきっかけをくれた友人にも失礼だし、音楽は人に伝える強い力があると思うので、これからも音楽を生きがいとして、音楽を通して、多くのことを伝えていけたらいいなと思います

 

子供に教えられた生きる意味

私の息子は、予定日より3ヶ月早く、体重985グラムの超未熟児で生まれてきました。

 

病院のNICU(新生児集中治療室)の保育器の中の小さな体の我が子を見て、どうか健康に育ってほしいと、ただそれだけを毎日神様にお祈りしていました。

 

そのNICUでは、未熟児や病気の子供たちが懸命に呼吸をし、健気に闘っていました。それは、生きるための闘いです。幸い我が子は、4ヶ月間の入院の後、無事退院することができました。

 

ほとんどの子供たちは、我が子と同じように数か月間の入院の後、元気に退院して行くのですが、中には、人生と呼ぶにはあまりにも短い、数日、あるいは、数時間という病院の中だけの生涯を終えてしまう子供たちもいました。

 

私は、我が子に、そして、NICUの子供たちに生きることの意味を教えられました。人が生まれてくることは奇跡なんだと思い知らされました。生きたくても生きられない子供たちが、今この瞬間にも沢山いることをどうか忘れないでほしいです。

 

死にたくなるような辛い経験をすることは誰にでもあると思います。でも自ら心臓の鼓動を止めるようなことをしてはいけないです。死にたいと思ったら、病院のNICUを見に行ってみて下さい。命の尊さ、生きることの素晴らしさを実感できると思います。

 

985グラムの超未熟児だった我が息子は、今や自分よりも身長が高く、公務員試験の受験勉強に励んでいるようです。

 

 

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