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自殺防止

はやく人間をやめたい。自分の人生に未練がなく、死への憧れや死後への好奇心が…

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今年で43歳になりますが、これまで死にたいと思ったことは何度もあります。

 

一番最初に思ったのは多分高校の頃だったと思います。中学の頃成績が良く、親の勧めもありなんとなく進学校に入学し、スポーツの部活ばかりして勉強していなかったので成績がよくありませんでした。

 

部活も自発的に頑張ろうとしていたわけではなく、中学からの惰性というか、なんとなくやっていたので、学校生活そのものが中途半端でした。夢も将来の希望もなく、ほんとにただなんとなく生きていた中で「死」への憧れみたいな気持ちを持っていたことを今でも覚えています。

 

友達がいなかったわけではありませんが、本音で話ができる人がいなくて、当時から社交辞令的というか、変な言い方ですが生活に面倒がおきないようにするために人付き合いをしていたように思います。

 

とにかく人に迷惑をかけるのがイヤで、ちょっとしたお願いをすることもない一方で人からの頼み事はなんでもやっていました。すごく八方美人というわけでもなく、なるべくなら一人でいる時間を優先して作るようにしていました。

 

そんな高校生活を経て、大学進学し、実家を離れて一人暮らしするようになりました。高校までの性格はそのまま継続し、一人ぐらしということもあったので、とにかく人に迷惑をかけず、もめ事なく生活ができるように気を使いながら生活していました。大学生活でも、とくに何かに熱中するといったこともなく、なんとなく4年間が過ぎました。

 

そんな何となくのその日暮らしをしていたので就職について真剣に考えることもなく、それまでの人生で一番の壁にぶつかりました。周りの人が何社も面接を受ける中、自分は成績も中途半端。自己アピール力もないと自分自身をネガティブに考えていたので、面接を受けることすらほとんどしませんでした。

 

挑戦する気持ちが本当にありませんでした。親元を離れて、大学のある県で親や担当の先生に相談もなく勝手気ままに就職活動をしていたので、内定が決まるわけもなく、完全に一人相撲をしていました。

 

じょじょに周りの進路が決まっていくにつれ、少しづつ焦りだし、詰まるところどーでもよくなってしまいました。とりあえずアルバイトとか派遣社員で働くことがすごく外聞を気にするところがあり、だれにも相談せず、完全に独り相撲状態で悩みこみ、しばらく独り暮らしの家にひきこもりました。

 

親や友達から電話があっても気丈にふるまい、いろいろ考えて進路を検討しているようなことを言いつつ、じつは頭の中はモヤモヤで、終日テレビを見ていた日々を思い出します。そしてふと、もうどうでもいい気分になり、死を意識しました。

 

やはり死ぬことは怖かったので、いかに楽に死ねるかを考えていました。死に追い込まれた理由といえば、ただ生きている実感がないというか、生きる目的や理由が自分の中に納得いく形でなかったことだったのかと思います。

 

楽に死にたいと練炭自殺を考えた

楽に死にたかったので、当時練炭自殺の事例が何件かあったのでそれを試そうとしましたが真夏の頃ということもありやめました。今思えば動機も中途半端だったので、死ぬ方法探しも先延ばし傾向になり、最終的に命を絶とうとした行動は首つりでした。

 

ホームセンターから買い慣れないロープを買い行ってアパートに帰ってきたもののロープをひっかけるところが全くなく、すごく悩んだことを覚えています。最終的に開き戸のドアノブを使おうとしたのですが、うまくいかず、夜外にでることにしました。

 

自転車で人けがない場所を探し、気にロープをかけたものの、夜まっくらな中で独りでそんなことをしている状況がすごく怖くなり、自分でも怖いくらいに体がブルブル震え、涙がとめどなく流れてきました。

 

そして自分がやろうとしていることの愚かさ、恐ろしさを、まるで誰かに説教させるかのように自問自答して、明け方まで一人で座り込んでいました。明るくなってきた世界はそれまでとはちょっと違うように見えました。

 

冷静にかんがえれば人間一人が感極まった行動したぐらいで世界が変わるわけがありません。そのとき素直にすぅーと入ってくるかのような悟りをしたようなことをよく記憶しています。

 

それはこの世界は一つではなく、人間(思考する生命)の分だけ世界が存在し、そのとらえ方、認識の仕方はいくらでも変えられるということを。今感じていること、考えていること越しに世界を意識すれば、いいようにも悪いように移ります。

 

要は自分の意識・感情のコントロール次第で世界は変わり、人生が変わるということを感じ得ました。いまではたくさんの自己啓発本やビジネス書に書かれている内容ですが、当時のわたしは自らおこした体験をとおしてそれを学習できたと思っています。

 

死にたいと思うことは今もある。

高校時代から時折「死」について考えることがあり、就職の壁をまのあたりにしたとき、実際の行動にでてしまったんですが、実をいえば今でもときどき、今死んでもいいかなぁって思う時があります。

 

さすがに行動に移すまでの状況にはなりませんが、死後への好奇心というか自分の人生に未練がないとうか。

 

行動に移さない理由としては、結婚して妻、こどもがおり、養っていかなければならないとう責任とか、親がまだ健在のうちは親不孝になるからとか、周りの人に迷惑がかかるからという理由だけのような気がします

 

自分の人生に本当に納得がいく目的や意義を持つことができず、自分の人生がただの浪費にしか思えず、正直、ただはやく人間をやめたいという気持ちがあります。

 

自分を客観的に見たときに、いい歳して何かんがえてんだろうとか思いますが、歳相応の自分であるべきだと考える自分とは別にやはり正直言って人間やり続けるのって、楽しいこともあるけどほとんどたいへんだわぁっていう自分がいます。

 

とくに最近ではスピリチュアルな内容に興味があり、死後も精神だけが残って、面倒な人間社会から抜け出して、本当に意味のある尊い人生をいきることができるのではないかと本気で考えています。

 

具体的には、その世界でも自分とはちがう精神がたくさん存在するのですが、今の人間社会のようにコミュニケーションすること自体がストレスになることがなく、自然な形で意思疎通ができたり、見た目で相手を判断することがなく、すべては思考のレベルで物事が進んでいくような世界。

 

物欲やお金、見栄や虚栄心、野心といった際限のない気持ちが存在しない世界。そんな世界が待っていると思います。

 

天国や地獄といった考えかたは自分にはありません。そういった考え方はすべてお金につながっていて、天国に行きたいからいいことをしよう、天国に行きたいからたくさんのお金をお寺に寄付して見返りをもらおう、といった考え方が生まれます。それはまさに資本主義的なシステムの一部として人間社会に仕込まれているとおもいます。

 

生きようという機能に逆らうのはとてつもなく大変

毎日は繰り返されます。よく言われるところの潜在意識の力で人間は無意識に生活を進めるようです。

 

よく考えれば自殺をやりとげる人は相当の勇気か決意をもっていると思います。もちろん、死ぬ以外もう選択肢がないという精神的状況に追い込まれての強制的な部分もあるとは思いますが、人間(生物)が本来もっている生きようとする機能に逆らって死を遂行するということは、じつはとてつもなく大変なことなんだと思います。

 

人間は(生命)は当人の意思や感情とは関係なくただただ生きようとするものだと思います。真に納得のいく生きがいを見つけられなくても、生命はただ生きることだけを続けようとするモノで、なんとなく命を絶とうとしても簡単には実現できないように仕組みされているのだと思います。

 

人間はなぜ生まれて、何を目的に生き、なにを成して死んでいくべきなのか。人類はじまってからたくさんの偉人とよばれる人がそれぞれの考え方で人を導いてきました。それらはその偉人が生きた時代の影響を大きく受けているものや、時代に関係なくより普遍的であろうとする内容とか様々ですが、共通点があると思います。もちろん、すべての偉人たちの哲学や思想を学んだわけではありませんが。

 

それは、私なりの言葉でいうと「なにかしら答えを導き出すという姿勢」になります。

 

ただ流れに沿ってできることをすればいい

悩みや問題で心にストレスを抱え、それが長期間解決されないと、人は生まれてきた意味や人生の目的について追及しはじめる傾向にあると思います。

 

そこに過去の偉人たちの思想や哲学が入ってくると、いい方向に解決する場合もありますが、出会った思想や哲学がその人にとってあまりに崇高なものであった場合、自分の愚かさを再認識してもっと立ち直れなくなります。

 

こんな言い方をすると乱暴かもしれませんが、私は人生には意味も目的もないとこの歳になって本気で思っています。ただ時間の流れ、生きている環境の大きな流れに沿って、自分ができることを自分なりのベストな力でやっていけばいいと考えています。

 

それは環境依存といえますが、この時代で自分がなっとくできるレベルまで自立できるだけの活力や能力がある人は一握りでしょう。

 

いままさに死にたいと思う人の心情はさまざまで正直なんて声をかけていいか悩みますが、自ら死を選ぼうとする人はたいてい生真面目な人で、なんとか自立を成そうとする人だと思います。

 

もっと簡単に、もっと楽に身を置いて、流れに沿うように生きていくよう勧めたいと思います。その考えすぎない姿勢や態度がいい出会いや出来事を導き、大きな収入や栄誉が得られなくても、十分に幸せで楽しい人生がおくれるのではないでしょうか。そしてそのように自分に素直に偽りなく思えたなら本当の心の幸せが得られると信じています。

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