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死にたい

からかいのターゲットになり死にたい。自分の命を大事に思えず車に轢かれてもいい

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中学〜高校の頃なのですが、なんだかもう生きていても死んでも変わらないなと思っていた時期がありました。

 

私は、ひどいいじめに遭うことはないのですが、派手派手しい中途半端な感じの人たちの「からかい」のターゲットになりやすい大人しくてのんびりしているタイプでした。

 

当時、仲の良かった大親友が転校してしまって、クラスで本当に気の合う友達がいなくなってしまった頃です。学校の廊下を歩いていると、いつもたむろしている男子のグループがあって、その男の子たちがいつも私が通りかかるとなぜか何かからかうような流れになってしまっていました。

 

同じ学年の子達でしたので、体育に行くとか、トイレに行く時とかその子たちの前を通るのが本当に嫌でした。でも、通らざるを得なくて、なんか自分にとってそれは地獄のような感じでもありました。

 

全く理由がわからなくて、当時私はもちろんお化粧もしないし、くせ毛で見た目がイマイチだったからなのかな?と思ってしまっていたのですが、多分そこだけの理由ではなかったのだとは思います。

 

大人しくて、自信がなさそうにしていたためか、もしくは友達が少なすぎていつも暗い顔をしていたからなのかな、とも思いますが、理由がよくわからず自信をますます無くしていきました。

 

これが高校に入ると、クラスの中でもやられました。今度は女子校ですので、女子にもやられたわけです。

 

死にたい。辛いエネルギーを音楽に

車や電車に飛び込むまではしなかったのですが、当時中学2年の時と、高校1、2年生の頃は随分とからかわれて、それは私にとっていじめられているのと同じようなものだったので、本当に精神的に参っていました。

 

部活の帰り、夕方にひとりぽっちで家路につく途中、別に車に轢かれてもいいや、と思いながらトボトボと歩いていました。轢かれてもいいって思っていました。だから、前も後ろも左右も見ないで、道を横切ったりしていましたでも、今にして思うと、田舎だったから車が少なくてはねられることはなかったのです。

 

友達は少なすぎて精神的にさみしいし、男の子にはからかわれるし、特に誰も優しくしてくれない気がして、本当に当時悲しかったです。

 

また、高校の頃、全体主義的なノリに全く合わなくて、本当に精神的に疲れ果てていました。本当に成績が下がりました。精神的に満たされないと、ここまで成績が下がるのかと実感していました。

 

具体的にこれ以上何か死のうとしたわけではないのですが、毎日自分の命を大事に思うことはありませんでした。

 

なので、私は当時音楽教室に通っていたので、ピアノなどの練習を家でしていたのですが、本当にこれだけは救いで、全て忘れられるので練習に没頭しました。一日5時間くらい弾いていたと思います。自傷行為に走らなくて良かったです。

 

辛いエネルギーを音楽にぶつけられたのは唯一の救いだったのかもしれません。

 

死にたい、生きていても意味がない

中学、高校の頃に「死んでもいいかもな、私」と思っていたのですが、とにかくまだ当時は子供でしたので、逃げるということはしませんでした。

 

本当に疲れるとエネルギーがなくなっているので逃げることもできなくなるといいますが、私の当時の状態は、学校とは行かないとダメな場所だと認識していたので、過剰にそこに合わせようとしていたのだと思います。

 

だから、死ぬのもダメ、逃げるのもだめ、という風に自分を追い込んで、結果疲れ果てていたのかなとも思います。ある意味思考停止になっていたと思います。

 

もっといろんな意味でガッツや知恵があったなら、きちんと親に話をして乗り越えることもできたと思いますが、私はなぜか恥ずかしくて一切このことは親には言えませんでした。たった一人で悩み苦しんでいました。

 

当時の修学旅行の写真を見ると、私は全て同じような表情をしています。楽しくもない、かといってぶっきらぼうでもない、無理して笑顔をしようとしていたためか、いつも無表情のようになってしまっていたと思いますし、そんな写真を見るのがすごく嫌でした。

 

あー、死にたいな、生きていても意味がないな、といつも考えていました。そして、これは精神科に行った方がいいんじゃないか???といつも頭の中で思っていました。

 

担任の先生のお陰で心穏やかに

死にたいというか、生きていても意味がないという風に思わされるような日常って、本当に悲しいです。そんな中でも、中3の時と、高3の時は割と楽しい時期もあったので生きながらえることができました。その時期、担任の先生がとても良い方で、私はとても心穏やかに過ごせたのです。

 

もしかすると、学校って担任の先生次第なのかとも思えるくらいに、一人一人の個性を認める先生の場合は過ごしやすかったです。

 

私は、大人しくて、のんびりしていて、真面目で、愛嬌などそんなにないし、不器用な子供でした。美人でもなく、むしろあまり可愛くなかったと思います。そして、そんな状態ですから暗い子だったと思います。そういう子は、とても生きづらい世の中です。

 

本当は暗くても大人しくても私は全然いいと思うのですが、日本の学校や社会の全体主義の中では本当に損をするタイプの子でした。でも、本当は人が見ていなくても一生懸命に真面目に掃除をしたり、やるべきお仕事をやるような、そんな子でした。

 

でも、なぜか就職したらそこがすごく自分にあっている面がある職場だったので、今でも生きていられるのかなと思いました。事情があって、私はもうその職場にはもういないのですが、そういう過去があるとなんとかまた生きてみようという気持ちになれます

 

あとは、きっと母や祖父母や身内が割と私を可愛がってくれたこともあり、生き続けているのだとも思います。

 

環境をかえてみる

 今、死にたいと思っている人もいらっしゃるとは思うのですが、できればそういう人はその嫌な環境から一時的にでもいいので距離を置くことも大事かなと思います。私は環境が変わったら、あんなに嫌だった生活がガラッと変わって、すごく楽しい時期がありました。

 

私はまだまだ模索中ではありますが、日本人は一つのレールに乗らないと、もう人生おしまいみたいな考えがありますが、全然違いますね。あんなに無表情だった私ですが、就職して生き生きと生活できるようになった時に撮ってもらった写真は、どれも本当に良い表情をしていました。

 

だから、諦めない方がいいなって本当に思います。私は今も、いまひとつの生活になってしまって、とても疲れています。でも人生を諦めたくない気持ちが強くて、なんとか乗り切って、自分がまた笑顔に戻れるような生活と環境に整えたいと願っています。

 

長い年月辛い時期もあるのだと思いますが、本当にそれはずーっと続くわけではないので、絶対に諦めない方がいいと経験上思っています。

 

正直、しんどいと感じる日もあります。でも、松田様を信じて今は学びを始めたところですし、少しずつですが波動が変わってきたのか、人的環境が変化しつつあります。

 

色々大変なことも多い人生ですが、なるべくラクに楽しく毎日を生きて、ある日ガラッと環境が変わってまたあの幸せな毎日が戻って来るように私は諦めないで頑張っています。

 

今辛すぎる人は、これ以上頑張らなくてもいいかもしれませんが、どうかご自分をいたわって乗り切っていただきたいとそう感じます

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