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自殺防止

イタリアでマッサージ師から大学の理学療法学科に編入。語学力の限界でノイローゼに

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死を考えるまでに追い込まれるまで、どうしてなったかをすぐに語り始める前に少し背景を説明したいと思います。この当時のことは傷口に塩をなすりこまれる程の心の痛みを感じていたので、これまで誰にも一切こうした詳細は口にしたこともありません。では始めます。

 

1994年に結婚を機にイタリアに移り住みました。整形外科医の保証を後ろ盾にその医師の診療所でマッサージ師として(整体を日本で学びましたが、当地で簡単に説明できる言葉がないため当初は日本のマッサージと言っていた。)働きました。

 

手短に言いますと相方さんが居まして彼と折半してその場所を週3日使わせてもらいました。合計で一年半そこで働きましたが、実は7、8ヶ月を過ぎる頃からそこで働くことに違和感を感じ出しました。

 

現地での何かの資格がないと身動きができないとわかったからです。最終的には当時制度改革されて大学に正式編入された初年度の理学療法士科(それまでは病院内のみでの研修が主だった)にイタリア語の試験に合格後(語学試験では他のヨーロッパ人の外国人留学生も試験を受けに来ていた)次に一般イタリア人学生達の中に混じって理論の記述試験を受けた後、その科ではただ一人の外国人学生として入学しました。その時イタリアに入ってまだ一年半過ぎたときのことでした。

 

さて10年ほども年の離れた学生達とキャンパスライフを送るようになりました。間もなく僕はどう仕様もない自分の語学力の限界を感じ始めました。

 

理学療法士科は先ほどの大学の正式学科に入ったことで学科はすべて医学部と同じ校舎と教授達、事実上医学部ではないにせよ医学部のダイジェスト版学科として、理系の高校(イタリアは5年制)を出たかなり優秀な学生と切磋琢磨するところだとわかったのです。

 

朝8時から夕方6時頃まで大学の授業。その上にエステティックの夜間の専門学校にも籍を入れていたので、夜8時から11時頃までそちらの学校にも通い、予習とか下調べもする時間なんてありませんでした。だいたい日本でも勉強したことがない科目を未知の言葉で出たとこ勝負で理解しようなんてするのは無理なことです。今は死語になった言葉ですが、数カ月後文字通りノイローゼになり始めていました。

 

現実的にはマッサージを職業とするには第一歩としてここを卒業しなければ何も始まらないということなのに、それはまるで30メートルの全く手ががりのないコンクリートの壁をよじ登って乗り越えろと言われているようでした。この状況を撤退すれば、その時点でゲーム終了です。

 

更に状況を悪化させたのは妻の身内との関係でした。義母を中心にこちらの状況はわからない上にわかりたいと思わない人達でした。義母は学が全く無い専業主婦という立場でしたが、その分教育熱心でした。

 

そのおかげで子供たちは妻を含め兄弟はすべて国立大卒で兄弟二人はエンジニア、もしくは情報工学を専門としていたので、僕が直面していることは、大人から見た幼稚園児が靴紐も結べないという感じにしか捉えられずで、海外に興味もなくヨーロッパを出たこともない彼らから向けられたのは、言葉のわからない悩みを持った経験もない無知さから来る冷たい視線でした。この四面楚歌によって僕ははっきり自分の心が病んでいくことがわかりました。

 

死にたい=環境から抜け出したい

こうして悪くなっていく環境から、衝動的に考えたのは逃げ出したいと思ったことでした。毎日いつまでも終わらない単語の泥沼的な辞書調べを繰り返すうちに発作的に窓から飛び降りたくなったことも何度もあります。

 

ただし、当時住んでいたマンションは2階だったのです!本能的にも単にこの高さから飛び降りてもせいぜい足を折る程度だと感じていたので、しませんでした。

 

イタリアは建物に普通ひらけた屋上階はないので(少なくとも自分が住んでいた周辺では)日本のようにどこかの雑居ビルの屋上からさっと飛び降りることはできません。かと言ってそれほど他の方法で自殺したいとはなぜか思っていないのです。

 

ですから死を考えるという意味では、よく考えてみると僕の場合は、生きている環境がその時の自分にとってあまりにも辛すぎるという事でそんな場所、そんな環境から逃げてしまいたいという気持ちがある=(イコール)死にたいという意味で、先にも申した自分の能力への不甲斐なさ、なんとも冷たい感情しか伝わってこない妻の身内の態度を衝動的にとっさに逃避行動に結びつけるだけだったのです。

 

結局そのまま煮え切らない様な感情と内面の怒りを抱えたまま半年ほどが過ぎていきました。これはそのまま春先の4月、ふとしたことで2年ぶりで日本に一時帰国しようとなった頃まで続いていきます。

 

天職と思っていた仕事をドブに捨てることに

順序的に正しく言えば、大学での勉強ができない→ドロップアウト→好きなマッサージの仕事ができない→他に自分の特技を活かした実入りのある仕事はない→更に気が重い→死を考える。というような機序です。

 

「何だよ、そんな小さなことかよ。」と、それこそ他人からは見えますが、当時本人には、イタリアでするなら仕事はこれだよと日本にいるときから整体の学校に行き始めて、トータルで言えば妻と出会った頃からの話なので、少なくとも日本に居たときの最後の3年以上、イタリアに入って既に数年をかけていろいろ調べて、可能性を探った上で大学にたどり着いたので、何を今さら他の事など関係ないだろうと、全く手につかないという感じでした。

 

また当時、実際にクライアント(医者ではないと患者とは呼べない)から直に結構な手応えを感じていたので、自分のここでできる天職なんだという自負もあったのです。ですから大学を止めるということは、ほとんどそれまでの人生をドブに捨てるという感じになっていたのです。

 

先程の話を繰り返すと、大学をドロップアウト→天職を捨てる→死を考える、だんだんこの順序段階が短縮単純化されていき、大学に行かない→死となっていきました。怖いことは段々考えが短縮すると一点に固く定まってそこに居続けることになります。(死の横に固定)

 

死にたいと思っても簡単には死ねない

人間死にたいと思っても簡単には死ねないのです。これができないくらいなら死んだほうがマシと死を常に考えるようになっても、特にはっきり、しっかりした目的を一度でも人生の中に見つけたという確信を持った者は、方向転換するにしても、それに見合った事を見出さないと転じて動き始めることはできないのです。

 

辛いからと言ってそこで投げ出して死んでしまっても単に犬死にするもんだと思っていたのです。また綺麗事でなくて、そこにひとつ付け加えると、実際死ぬ勇気も無かったし、今思えば承認欲求というのが高かったので、そんな事をしたら、つまらないことで人生を捨てた臆病者と蔑まされると、まだこの時点でも好きでもない周囲の目を気にしていました。

 

ちょっと古臭い言い方では大義をそこに見つけると言うのでしょうか?何でこんな事を言い出すかというと、しばらく前に見た「十三人の刺客」という映画を思い出したからです。

 

「あんな物フィクションでしょ」といわれるかも知れないですが、話はそれまで生き場所(行き場所?)を失ってただ毎日を鬱々、もしくはダラダラと生きてきた武士たちが、己の生きるところを見つけたとそのミッションが、自殺行為であるにもかかわらずそれまでとは打って変わって生き生きと目的に向かって行動するのです。

 

あの映画を見た時使命を受ける前のグダグダの侍の様子がなぜか自分の姿とダブって重なりました。心の中ではグズグズとなりながらでも、どうにかして他の方法でその仕事が続けられないかと、あきらめの悪い自分がまだもがいていました。ただそれが生きたいという理由です。

 

今この瞬間を注意深く意識して生きる

死にたいと思っている人へメッセージはあるかということですが、あるメッセージを投げたとしても、受け手側の感じ取り方、考え方や人生への経験値や人の行動原理みたいなものへの理解力によって大差がつくようになってしまいます。

 

ですから、僕の考え方と傾向が似ているそして、似たようなことで悩んだという人がいれば、もしかしたら非常に助けになるかも知れません。言いたいのは多数の人に同じ様な作用を起こすような万能薬など存在しないということを前提に話したいと思います。

 

これまでの人生を振り返って本当に色々なことがあったなぁと感慨にふけります。それであの時はこうしておけばよかったなぁとかこの時はこちらを選んでおけばうまく言っていたのにと悔やむ人がいると思います。

 

僕は個人的には、そういう回顧は全然しません。なぜかと言えばうまくいったか、いかないかにかかわらず、その時点でできることを目一杯やったので、その結果に未練はないと感じるからです。そう、それはそう感じるのであって、そう考えるのではありません。

 

例えれば習字で半紙に字を書きます。さて途中で間違えたと判断して、その場所に戻ってなぞり、2度書きしてうまくいったと言うでしょうか。そんなのをしたって全く嬉しくありませんよね。だってそうする本人が体裁を繕って間違えを単に目立たなく隠しただけと一番良くわかっているのです。

 

一度目にうまく行かなかったというその選択は、その時の僕の個性から出た結果です。だからたとえ失敗したと思った過去でも過去に戻ってやり直したいかと尋ねられたら、それは全くゼロです。

 

一ついえることはその時その時の今という瞬間をできるだけ注意深く意識して生きていこうと言うだけです。今という瞬間のあとに次々とその時にしたことの結果がどんどん出てきます。それがわかっていれば、今が若いとか年取りすぎているとか言っている暇はないはずです。あなたはその今に行きているのですから、今を使ってどんどん変わっていくのです。

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