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死にたい

スケープゴートがいないと気がすまないいじめっ子。死にたいとリストカットしたが

投稿日:2018年10月22日 更新日:

子供の頃うちは母子家庭で物心ついた時には母と二人きりでした。

 

近くに親戚が住んでいたので、しょっちょう預けられていましたが、子供心に気を使っていたり、肩身の狭い思いを感じたり、どこかずるいとか、羨ましいと言ったような嫉妬のような物を感じていた様に思います。

 

家には基本常に母親の男が入り浸っており、巻き込まれることもしばしば。見たくないものもたくさん見てきました。

 

その様な環境にあったせいか、小学校時代には数回のいじめにもあいました。はじめてのいじめは、同じ様な境遇にあった幼少期からの友達からのいじめで、学校に置いてあるあらゆる私物が捨てられました。学校の協力もなく、捨てられては買い足すを何度も繰り返し、ある日焼却炉に捨てようとしているところが見つかり、犯人が捕まりました。

 

その件はそれで収まりましたが、高学年になり、またたちの悪いいじめに巻き込まれました。

 

初めはクラス替えで、二人組のお互いの仲良しグループが2つひっつき四人グループになっただけで、仲良くしていたのですが、相手グループの一人の子がいじめっ子だったのです。常にスケープゴートがいないと気がすまないようで、わたしと、私の友達を交互にいじめ始め、挙げ句自分の元々の友達までいじめ始めました。

 

基本的には無視をしろというものでしたが、私は自分の友達を無視をするということができず、話していると、すぐに私が標的になるということを繰り返していました。

 

今考えると大したことなかったようにもおもえますが、子供時代の当時には大きな問題で、良く自宅マンションから飛び降りたらどうなるだろうか‥というような事を考えていたように思います。

 

また、クラスは若干クラス崩壊ぎみで、授業中に大声を出したり、ウロウロ歩き回る子がいたりと、先生まで泣き出してしまうような状況だったため、先生や学校の助けは得られらなかったという記憶があります。

 

 

母親に話すことができずに悩んだ

毎日学校に行くのが憂鬱で、母親はなんだかんだで仕事も、がんばっていたので、話すこともできず、友達と二人で悩んでいたように思います。

 

友達と私はマンションが隣同士で、幼稚園から同じ幼馴染でした。表向きはあまり話さないようにし、帰ってから二人で話し、相談していました。家出をしてみようかとか、行方不明になってみようかとか、色々なことを考えましたが、母親のことも考えるとなかなかそんなこともできず、毎日憂鬱に過ごしていたと思います。

 

いじめっ子は自分の事だけを守り、自分だけはいじめられないように、他の三人をターゲットにするようにいつも命令してきました。

 

気分なのか何なのか知りませんが、期間が経つと、〇〇ちゃんもういいよ仲間に戻してあげる。次は〇〇ちゃんをいじめよう。無視してよ、話をしてはだめ。と言ってくるのです。初めは冗談かと思い、普通に話をしてたのですが、話をしていると自分に、ターゲットが切り替わるのです。

 

私の友達もターゲットにはなりたくなかったようで、初めは無視していじめてきましたが、心苦しかったようで、見られていないときや、下校後に話したり謝ったりしてくれていました。ある日無視され、いじめられていた私のところに、同じ様な事をいじめっ子が持ちかけてきました。

 

いじめっ子がいるグループから抜けることに

〇〇ちゃんもういいよ仲間に戻してあげる。次は〇〇ちゃん(私の友達)をいじめよう。と。私はもう嫌だったので、その誘いを断りグループを抜けると言いました。他の友達のグループに入れてもらう事にしたのです。

 

その申し出を聞いたいじめっ子はすごく驚き、わたわたとしていました。もしかしたら次は自分がいじめられるかもしれないと、そう思ったのかもしれません。

 

私もなにか仕返しをされるかもしれないと、少し怖かったですが、断った自分にすごくスッキリして清々しい気持ちがしたので、これでよかったのだと思いました。

 

いじめっ子は、自分の身を守るためか、クラスに私の事を色々吹き込み根回ししようとしたみたいですが、周りから見ていたクラスメイトも、薄々気づいていたようで、逆効果になり、最後にはクラスで孤立していました。

 

私の友達も私がした事を見て、同じ様に、私も抜けると、いじめっ子の申し出を断ったみたいでした。いじめっ子は孤立し、自分はいじめられている!とアピールしていましたが、特に何か危害を加えられるとか、無視されているというわけではなく、ただ、友達が居なくなっただけだったので、自業自得と言うところでしょうか。

 

死にたいというよりは、どんな方法があるのかとか、どんな方法なら子供でも可能なのかとか、死のうとするほど追い詰められていると言うことを、知らしめてやりたいと言うような気持ちが強かったですね。

 

人をあなたは追い詰めた。追い詰めている。それに気づけと、気づかせてやりたいと。もしも死んでしまったなら、その十字架を背負って嫌な気持ちで生きていかなければならなくなるんだぞと言うことを子供心に考えていました。

 

心の中で死にたいと思っても生きたい気持ちのほうが大きい

手首を切れば未遂で終わるかな、4階からだと死なないかな、とか横断歩道で飛び出そうかとか、それでも親には迷惑かけたらいけないなとか色んな事を考えていました。これくらいのことを子供ながらに考える余裕があったので、世の中のいじめで自殺をしてしまう子どもたちほどには追い詰められてはいなかったのだと思います。

 

ただ、ネガティブな事を考えてしまう時間は多くて、死にたいと思う事もありましたが、死んでしまえと思う事もありました。

 

考え方や考える事がどんどんネガティブになっていくので、どうしたら良くなるかとか、解決方法を考えるというよりは、マイナス思考でいっぱいになることのほうが多かったように思います。

 

私は、心の中で死にたいと思っても、生きたいという気持ちの方が大きかったんだと思います。母親の悲しむ顔、親戚の悲しむ顔、困らせたくないという気持ちや、死への恐怖があったからでしょう。

 

実行するほどの勇気は持てなかった。軽くリストカットをしてみた事はありますが、深く自分を傷つけることもできず、うっすらかさぶたになる程度で、血が止まらないというところまではできませんでした。死ぬということは、理性があるうちはすごく恐怖で、勇気がもてません。

 

死にたいと死を選んでしまう人々がたくさんいる

それ程かなり勇気がいることなのに、死を選んでしまう人がまだまだたくさんいるのは、生きることよりも死ぬほうが勇気がいらない、生きることの方が怖いと言うことなんでしょうか。

 

私は、そこまでの思いに達することはなかったし、生きることに怖さや不安もありますが、希望ももっています。死ぬほうが楽だというほどに追い詰められている人もたくさんいると思います。

 

目の前の困難が乗り越えることができなくて、どうしていいかわからない時には周りも見えませんし、ネガティブに引っ張られてしまいます。

 

助けてくれる人も、希望も、光も見えない暗闇の中にいるような状態だと、生きることの方が、辛く、なんで生きているのか、なんで生きていないといけないのか、そんな思いに苛まれてしまいます。

 

月並みだけど、人生は修行なので、神様はその人に乗り越えられない困難は与えないし、乗り越えれると思って課題を出してくれているはずです。その課題をクリアしないと、死んでもまた、その課題を背負って産まれてきてしまうでしょう。

 

人は幸せになる為に産まれてきたので、課題をクリアしてしまえばきっと幸せがまっています。

 

必ず自分を思ってくれる人がいるので、まず、周りを見てみてください。生きることは、大変な事です。修行ですもんね。その中から光を幸せを見つけれることを祈っています。

 

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